自分にとって誰がはじめての他人になるんだろうって考えたことありますか?
そんなどうでもいいことを考えていたんです。
家族は他人ではないので、除外になります。
誰だろう?はじめての他人って考えていました。
案外、幼なじみだったりするのかもしれないなと思ったりします。

数人の幼なじみの関係性の場合もあれば、相手が一人の場合もあると思います。
私の場合は幼なじみはひとりでした。

子供の時にお互いに住む場所が変わったので、幼少期から小学校の低学年までくらいまでの仲なのですが。
思い起こすと不思議な関係性だったなぁーと思います。
お互いに性別が異なり(幼なじみは男の子だったのです)、そして、兄妹ですらないわけです。
完全なる他人なのに、一緒に過ごす時間が結構長いんです。
幼すぎて、自分と幼なじみの間に横たわる他者性というのは切り離されているようで切り離されていなかったりもします。

幼なじみを含む数人の子供で遊んでいた時に、幼なじみの子が怪我をしてしまったんです。目の前で、若干血だらけなのです。
男の子が、自分の怪我に驚いて泣き出す前に、私が泣き出したんですね。
もちろん、私は怪我はしていないんです。
幼なじみの子ではない別の子が怪我をしていた場合、私が泣き出したかというと泣き出さなかっただろうなーと思います。
少なくとも、幼い私の延長線上に幼なじみがいるので、泣いてしまったんだと思います。

目の前で幼なじみが号泣ですから。男の子は泣いていませんでしたが。泣くタイミングを完全に失った感じだったのかもしれません。その子が病院で手当てを受けるまで、泣いていたのは、なぜか私だったんです。実際に怪我をして痛い思いをしているのは幼なじみの男の子です。ですが、泣いたのは全く怪我すらしていない私だったんです。当時はかなり幼かったので、自分が怪我をしたと思ったのかもしれません(幼なじみという関係性を考えると自分の一部が怪我をしたと勘違いをしていてもおかしくはありません)。治療が終わっても、心配する気持ちを止めないので、案外、幼なじみが怪我をして治療が終わって、落ち着きを取り戻す時間帯を作っていたのかもしれません。
気が逸れると思うんですよ。怪我をしている当人からすると。自分まで泣くに泣けなかったんでしょうね。
そういう関係性だったのです。
幼すぎて、お互いの性差に気づけるわけもなく、男の子は男の子の遊びの方が楽しいはずなのに、なぜか隣にいるのは女の子なのです。お互いに性別の違いなんて全く気にしていなかったと思います。
とあるときに、目の前には私しかいないので、男の子が興味を示すような遊びに引き入れようとするのですが、私は全く興味がないので、興味がないのがまるわかりな感じで、興味を示すふりをするんです。
男の子は、やっぱり諦めるんです。何か違うなって思うんでしょうね。

無理強いはできないんです。兄妹ではないので、お互いにどうでもいいところで気遣うんです。他人だからです。
お互いに、別の他者を選べばよかったのにって、いまだと思うんですが。
選択肢がなかったのかもしれませんし、案外、気が合っていたのかもしれません。
だからといって、常に一緒に行動を共にしていたわけでもないですし、お互い違う友達と遊んでいたはずなんですが。
お互いに手持ちぶさたになったりすると、結局、ふたりで過ごしていたような気もします。
子供としての成熟の仕方は、幼なじみの方が早かったような気もします。

私がある日、思いついたように、ランドセルを背負って、一緒に学校に行こうと朝迎えにくるのです。
もちろん、幼なじみは、そのアイディアは受け入れてくれます。
普通に途中までいつものようにくだらないおしゃべりをしながら、歩くのですが、途中から、「走るよっ」って言って突然走り出すわけです。私は釣られて走り出します。
お互い、かけっこをよくしていたので、そのまま小学校まで走って通学をしていました。
しばらくすると、幼なじみを迎えにいったのに、既に別の子と小学校に行ってしまったと家族の人に教えてもらったこともあります。

私の機嫌は当時かなり悪くなったようなんです。
じゃあ、お互い、小学校で仲がいいかというと、クラスも違えば、下校時は別の友達と帰るというような間柄です。幼なじみなので、そこはお互い、ゆるやかな関係性だったようです。
幼なじみは、私が毎朝、迎えにいくのをやめないので、とある日に事情を説明してくれました。
ジャイアンみたいな男の子と仲良くなったらしく、その子が迎えにくるから一緒に学校に行くんだと説明があったような気がします。
私はどうやら納得しなかったようなんですね。多分、付き合いの長さでは私の方が勝つのに、なんでそいつを選ぶんだという顔をしたんだと思います。

多分、幼なじみの男の子の延長線上に、私はいたようで。その子は、妥協案を取るんです。
早く誘いに来た方と学校にいくという説明をもらった記憶があります。
そして、わたしとジャイアンのような男の子は敵同士みたいになるんです。
いまならわかるんですが、幼なじみの方が性差に気づくのが早かったんですね。
なんで女の子と一緒に小学校に登校するんだとか、いろいろからかわれるようなこともあったのかもしれませんし。
クラスが違うので私が気づくはずもなく。兄妹ではないので、じゃけんにも扱うことが出来ず、その子なりに悩んだこともあったのかもしれません。
途中でお互いに住む場所が変わってしまったので、その時までの間柄でしかないわけですが。
変な関係性だったなぁーと思います。
お互いに何かをなすりつけることもなく、どうでもいいところで気を遣い合っていたような気もします。子供の時間って結構ゆっくりと進むので、お互いにつまらない時間を過ごすこともあったんだと思うんですが。男の子は男の子の遊び方があるんでしょうし、女の子の遊び方とは違いますしね。性差が存在する余地がない親密な子供の関係性って不思議だなぁーと思ったりもします。自分の延長線上に別の性別が来るんですから。よく、壊れなかったよなと思ったりもします。通学路で子供たちがあちこちの道から合流して、一挙に同じ道を歩く時点から走るんですよ、小学校まで。幼なじみの気の遣い方は凄まじいなと今ならよくわかります。一緒に学校に行きたくないわけではなく、でも、同性の友達や別の子たちからからかわれるのは避けるという工夫だったんだと思いますし。しかも、私が気づかないというところに心を砕いたんでしょうね。本当の兄妹だったら、傷つけても構わないという形になると思いますが。幼なじみという他者性が介在するのでむつかしかったのだと思います。ここに、通常の恋愛感情というものは成立しないんです。仮に成立していたら、お互いに喧嘩になっていたと思いますし。そもそも、成立した場合は、幼なじみは小学校に通学するのにそこまで心を砕かなかったと思います。お互いの性差が異なるのに、自分の延長線上にいる関係性でもあるので、お互いに傷つける対象になれないんですね。性差が介在できない形の子供の関係性って不思議だなといまでも思います。