随分以前に、先生に訊かれたことがあります。
ボルヘスのイギリス文学の選書がおかしいと思わない?なんでだと思う?と先生に訊かれたことがありました。
確かにボルヘス自身は英文学に詳しいはずなんです。一応、教鞭もとっています。
先生には言わなかったんですが。ボルヘスが教鞭をとる以前の段階で、大文字の文学の概念はなかったはずなんです。「大文字の文学」という概念そのものは形成されてはいなかったと思います。英文学部自体の整備はあったと思いますが。

イギリス文学って元々イングランドの大学で教えていなかったんです。
大学では詩を教えるということを主にやっていたんですね。詩学が基準になるんです。
そして、20世紀に入ると大学を広く開かないといけない状況がイングランドで生まれるんです。オクスフォードは1894年、ケンブリッジは1917年に英文学科を創設するんです。
そこで、ケンブリッジでは、Quiller-Couch先生が、周囲に押し付けらえる形で、元々詩人で批評も手掛ける先生なんですが、教室で、”Gentleman”と呼び掛けながらはじめたのが英文学の一部の基礎になっています。詩学をやっていて、急に、大学を広く開くことにするから、大衆文芸を扱う学部を作るから、学部長引き受けてほしいと依頼され、しぶしぶ引き受けたようです。
おかげで、英文学が広く広がることの後になるんですから。
細かいことはいいじゃないですかと思っています。
議論にはいつもなりますが。
そこから、大文字の文学、端的にいうと文学史で取り上げられる文学になりますが、それが整備されるまで時間がかかるんです。

整備がされていない荒野で、ボルヘスはさまざまなイギリス文学を読んでいるはずですから。
似たような人は日本にもいます。
吉田健一です。吉田健一はキングスカレッジで教育を受けたんですが、その頃に、現在のような大文字の文学の整備があったかというと、むつかしかったんだと思います。
吉田健一も選集のようなことは著書のなかでやっています。
しょうがないんですよ。
代わりに、ボルヘスの、吉田健一の審美眼が光る部分があるわけですから。
いいんじゃないのかなと思うんです。
ボルヘスや吉田健一が持っている物差しと、世界中に英文学部が設置されて、英文学史を学んだ人たちとでは物差しそのものが違うんです。元々の物差しの規格が異なるという事です。