むつかしい問題なんだと思います、実際に。
それでも、日本の社会で試みてもいいんじゃないかと思う課題があったりもします。
だいたいの業種で9:00始業、17:00終業で、残業があっても1時間以内です。
現実的じゃないって言われたらそれまでなんですが。
ただ、残業って能力の高い働き方ではないような気がするんですよ。
あいつは効率的に終業しやがるぜ、こっちは残業なのに。じゃあ、あいつに仕事をこれくらい割り振って嫌がらせしてやろうぜという日本の風土だといつまでたっても、基本的な効率性って伴いませんよね。
現実的でないのはよくわかっているんですが。
17:00終業でぶつ切りにして、残業している奴は「能力がない」でいいと思うんですよ。
能力主義とかいわれて、長い時間も経過していますが。それって能力主義と真逆だと思うという理解は一定数得られると思っています。

どこの省庁でもアベノミクスは失敗だったって総括は出ているような気もします。
日銀にしても植田総裁がインフレ率2%の到達には時間がかかると明言していますし。日経新聞です。日本銀行の記者会見もあります。
歴史にならないと専門家が誰も指摘したがらないスタグフレーションになりますが。
「不景気(景気停滞)」と「継続的な物価上昇」が同時進行で起こっているような気がするんです。
現在の日本では。
だったら、効率性を重視してもいいんじゃないのかなって。
余暇を増やすんです。生活の向上がこれ以上望めないのであれば、せめて、効率化をして余暇を増やしたらいいんだと思うんですよ。
コロナ禍でむつかしい状況に迫られても、日本は経済をまわして、東京五輪までやったでしょ?東北の震災の復興のためだって嘘までついて。

教訓を生かして、就業時間を減らして効率化すると、精神疾患の発症率も抑えられると思うんです。
ほかの疾患にしても。
抑えられるのではないだろうか?と。
仕事にしか自己実現だったり、アイデンティティを見いだせない層を、なんとかするといいのではないだろうか?と。
映画でも観るんですが。イングランドなんて昔は日曜日が全面的にお休みだったんですよ。
日本全体で月~金で仕事をする層もいれば、その層のひとたちの余暇で仕事をする層もいれば、夜勤ですという層だったりいろんなひとがいるでしょ?
基本が月~金で仕事をする層になると思うので。そこを圧縮して。全体に波及させたらいいのではないだろうかと。
日本人の財布のひもって一般的には過去最大に厳しく固く引き絞られていますし。

それでもそこで生まれている、こころを豊かにするための工夫って、お金を使うものも含めて多様化していると思います。
だからこその余暇です。
家族という単位を考慮したときに、余暇の時間をきちんと作って、そこで出てくるいろんな問題を一旦解消させないと、むつかしいんだろうなって思ったりもします。
余暇ができることで忘れることができていた問題もたくさん出ると思うんですが。
そこは家族という単位に戻ってみんなで考えたらいいんだと思うんですよ。
学校教育が破綻に近い状況に追い詰められているという現実もあります。ギリギリだと思います。

学校教育はボランティア組織ではないのですが、どこかで、ボランティア組織だと思い込みたい親御さんも少なくないんだと思うんです。
学校教育が病んでしまうと、正直、子供たちもメンタルをやられます。
どうせ、経済的成長もなにもないのであれば、効率化を目指して、家族の時間を増やしたほうがいいのではないだろうかと。
たくさん課題も出てくると思うんですが。
課題が出てきたら、日本のなかで地味にみんなでどうしようって考えたらいいんだと思うんですよ。

学校でも暴力があり解決できない状態にあるんだとしたら、家族で解決できないだろうかと。
家族のなかに暴力があり解決できない状態があるんだとしたら、それに応じた対策を行政ができるといいなと。
ただし、余暇がないと誰もが余裕がなくなって何もできなくなるんだと思うんです。
対策があったとしても極端な考えだったり、対策にならない対策では意味がないですし。
どこかで週休3日制みたいな議論も読みましたが。
一日ガツンと休んでしまうと、案外取り戻しがきかないという場合もあるじゃないですか。
だったら、週休2日のままで、一日の労働時間を短縮させたほうが早いと思います。さまざまな議論があっていいんですよ、本当に。
日本人って労働時間は比較的長いとされています。
掃いて捨てる国民が減少局面を迎えている現在の日本ですが。
根本的な部分からどうにかなるといいと思うんです。
むつかしいんですけれどね。むつかしいなりになんとかならないかなって。