「模倣」って興味がないのです。

随分以前に、丁稚奉公時代に論文を書かないといけなかったので書いていたことがあります。

しばらくすると、先生がたが、静かに、でも憤懣やるかたないという感じで、私に気取られないように憤りを感じてらっしゃったことがあったようです。

論文は論集になって、非常勤でいらっしゃる先生がたに向けて読んでくださいという形で、とある場所に置かれていたのです。

たまに確認にいくと減りが速いので、誰か先輩の論文が売れているのかもしれないとそっと思っていました。

しばらくすると、先生方のなんてことなんだという溜息を遠回しに聞くことがありました。

話をまとめるととある国立大学の英文学の先生が私の書いた論文のアイディアの一部を盗んで、それをのせた本を出版してしまったそうです。

自分の先生からはその発想はダメというのを押し切って論文にしてしまったので、逆にわかりやすかったみたいです。

近隣に噂が広まったんだろうなーと思いながら。

当時の私はただただ、疲れ果てていたので、やってられないという感じでした。

指導を直接、間接的にしてくださる先生方から、いろんなことを言われた挙句だったので、辛かったのかもしれません。

サイズが私が論文を書くサイズよりもコンパクトだったために、頃合いがわからず、結構、dead endな状況でもあったので、文体自体もかなり辛いという感じになっていました。

そんな論文のアイディアをパクって楽しい先生のことなんて、眼中になかったんです。

正直いって。

大学があって、勉強できる環境があって、論文をコピーできる環境があって、論文を取り寄せる環境があれば、今からでも書き直しが出来る感じです。

全く別方向からのアプローチになりそうですが。

本来、私が書く論文のタイプというものからズレた論文だったので、再度取り掛かる際には全く別方向のアプローチになります。

例えば、自分の目の前にある短編を想像してみてもらえますか?

少年は、複雑なのです。

日本語でいうと、家族は巨人ファンなのに、自分だけ阪神ファンのような、ものすごく心狭い状況の中で、彼なりのやり方で阪神を応援しています。

自分が阪神ファンであることを、家族にも告げられず、部屋を改造までしています。

それだけ、場の空気が悪くなることを避けているんです。

家族の時間を不意にしたくないのです。

お金持ちがやってきて、巨人と阪神を買収して、一つのクラブチームを作ったので、家族を裏切ることが無くなったのかも、という話ですが。

これをどう解釈しますか?

ハッピーエンドなのでしょうか?バッドエンドなのでしょうか?

少年の心の置き所はどこなのでしょうか?

上記のようなことを、綿密に分析していき(あくまでテクストの言葉の範囲内です)、必要な時には、アイディアのもとになっているような文献で、小説があったら、読んでいき、背景を出来るだけ探ります。

そして、短編自体を解体していきます。

ここで語られていた登場人物は?とか語られなかった登場人物とは?とか。

バスルームでしか感情を発露させることができない主人公は、どのようにしてその感情が家族にばれないようにバスルームに向かったんでしょうか?

ばれる危険性はゼロだったんでしょうか?

改造した部屋は、いつ改造されたのでしょうか?家族に内緒でどのように少年は壁とクローゼットを改造できたのでしょうか?

細部から分解していくんです。そこで気づいたことを全部出してから、必要な文献と掛け合わせて、再構築していきます。

この小説は分解すると、こういうグラデーションで同じ構造が3回ほど繰り返されています。

一見、見えないんですが。丁寧に読むと、このような形で浮かび上がってきます、みたいな論文を書いていたんです。

振り返っても、めんどくさいことを頑張っていたなぁーと思います。

時代としては、長さとして普通かなという小説で、散々、論じられているという小説を勉強していたので、それくらいしか手段がなかったんですよ。細部を読むというのは、私の専門としている作家にも助けられた部分は結構あります。いまだに細かいことは覚えていますし、論集も持っていますし、どうでもいい論じられ方しているとダメだなと一発で見抜きます。文学の論文って、基本的に軸にすべきは書かれている言葉になります。自分が抱える欲動に寄せた段階で、大体、誤読になります。厳しいですよ。

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