大きな組織でも、個人でもいいのですが、信頼するとかしないとかの姿勢をとるとき、何か基準みたいなものって持っていますか?
私が最初に信頼した他人というのは、おそらく幸宏さんで間違いがないんです。
ただし、幸宏さんを信頼した時が幼すぎて、何を基準にして信頼をしたのかよくわからないんですね。
覚えていないんですよ。
たまに、なんで幸宏さんだったんだろうって思う時はありますし、何故、判断を間違えなかったんだろう、基準はなんだったんだろうと思う時もあります。
子供なりの基準ってきっとあるんだと思うんですね。

間違いないのは、音楽の嗜好が同じであることなんですが。幸宏さんに実質受けた教育で、私の音楽の嗜好が成立している部分もあるので、何とも言えないのです。
ただ、幸宏さんの音楽が心地よくって選んだのかもとも思うんです。
大人になると、早くないかってツッコミを子供時代の私に入れたくなる衝動には駆られるんですが。
そして、幸宏さんのラジオの声に触れると案外、音楽の通りのひとなんだと思って信頼をしたのかもしれませんし。
何が言いたいかというと、作品とそれを作った人の手触りの質が同一であるって大事なのかもしれないということです。
幸宏さんの場合はラジオの選曲と声ですが。
確かに、子供の時に友達と音楽の話は共有できなかったかもしれません。

共有できなくても、一緒に遊ぶことはできるわけですよ。
全部の価値観が一緒でなくても、別の価値観が一緒だったら、一緒でも遊ぶことはできるんですよ。
信頼関係って案外そういうものなのかもなって思います。
子供の時に夜に暗い中でFMから流れてきた曲に感動をして、なんていい曲だって思っていたら、大人になってから、幸宏さんがラジオでその曲をかけて、僕はこの曲が大好きでとおっしゃったときに、あ、一緒なんだぁーという感動と共に、もしかして、子供の時に実は刷り込みで聴いていて一旦忘れている可能性もあるんだとも思いました。一人の音楽家からの影響を幼少期から受けるという稀有な人生になっています。私だけじゃないって思っていますよっ。