ドラムです。そうです。アメリカのポピュラー音楽のなかで悩んでいます。
まず、基礎的な知識を得ましょう。ドラムについてです。
Larnell Lewisさんという日本でも有名なカナダのドラマー、作曲家、編曲家、プロデューサーなど多方面でご活躍なさっているドラマーのかたが、基礎的なドラムの知識を教えて下さっています。
Lewisさんは、Fusion、Jazz Fusion、R&Bのジャンルを演奏なさるとWikipediaには掲載があるのですが。実はもっと広いジャンルでドラムを演奏なさるそうです。
探したなかでも、一番わかりやすかったです。
おそらくなんですが、基本のR&Bとして考えると、フルのドラムセットだと思います。
間違っていたらすみません。
本当に、反省をしています。
そして、アメリカには老舗の楽器メーカーがあるんですね。ドラムに関しては、老舗になります。1909年にドイツからの移民であるWilliam F. LudwigさんとTheobald Ludwigさんのご兄弟みたいですが、イリノイ州のシカゴでパーカッションを専門とする楽器専門店を創業なさるんですね。
現在は、Ludwig companyと呼称されるそうですが。当時は、Ludwig & Ludwig Drum Companyという名称だったそうです。
1922年のカタログがあるんですね。

1922年には、基本のドラムセットが存在をして、既製品もしくは注文品として販売されていたことになります。”outfit”と記載があるので、一式でドラムセットとして発売されていたみたいです。
こちらは、プロのドラマーに人気のドラムセットになります。ダンスミュージックに特化した仕様になります。持ち運びに便利な軽さになっておりますが、装備としては十分ですし、実際の演奏に十分な仕様になっております。スネアドラムは特許を取得してございます。伸張具と響き止めを装備いたしております。なお、細部にいたるまで最高の装備になっております。スネアドラムは張りのある音を出しますし、演奏しやすくなっております。バスドラムは、大きな音量を出すのに十分な大きさで、持ち運びに不便なほどに大きすぎることはございません。ドラムスタンドは、当社の最善の商品で、とても頑丈に出来ております。すべての装具は標準仕様で、最高の品質になっております。プロのドラマーの皆様にとって理想的な一式になってございます。
Ludwig & Ludwig Drum Company
つまり、1922年の段階で、ダンスミュージックのためのドラムセットは既製品として一式あったわけです。
Lewisさんはドラムについて教えて下さるときに、バスドラムとスネアドラムとハイハットで音を組み合わせていますよね。
Ludwig & Ludwig Drum Companyの商品だと、バスドラムとスネアドラムとシンバルとクラッシュシンバルがあります。トライアングルもついています。
これが1922年のダンスミュージックに必要なドラムセットです。
1935年になると、ハイハットも売られるようになります。

そして、シンバル類はトルコからの輸入品で賄われています。

また、タムタムに関しては、豚の皮で仕上げられていて、一部中国からの輸入品も頼っていたそうです。

中国製のタムタムがどんな音で鳴るのかはわかりませんが。装備するとこんな感じになるそうです。

1935年にドラムセットがあるんですよ。
YouTube.comで1920年代のHillbillyの音楽で、スネアドラムが出てくるのは、ある意味、当然なのかもしれません。
実は、アメリカのドラムセットの老舗は他にもあり、創業は、1898年になります。
Leedy Manufacturing Companyという会社です。

安全性が確保できないURLになっているみたいで、リンクが貼れませんが、ご了承ください。
U.G.Leedyさんご自身がもともと、プロのパーカッショニストだったそうで。独自にドラムセットを組もうといろんな努力をなさったそうです。音楽仲間のなかでも技術力が評価されて、1989年にインディアナ州のインディアナポリスのアパートで50ドルを元手にして音楽のお店を開いたそうです。
凄いですよね。
1930年代の大恐慌時代には、この2社は同じビルでドラムを作っていたそうです。
老舗同士の助け合いなのかもしれませんね。
Leedy社の1920年代後半のスネアドラムの音はこんな感じなんだそうです。
1920年代のYouTube.comの映像にスネアドラムが出てきても、なんら違和感がないのかもしれません。
1928年にVictorから出たのが、Carter FamilyのレコーディングによるWildwood Flowerです。この曲自体の歴史は古く、1860年にJoseph Philbrick Websterさんが作った、”I’ll Twine ‘Mid the Ringlets”という曲のヴァリアントの一つになるそうです。Joseph Philbrick Websterさんは南北戦争時代を背景にしたアメリカの作詞作曲を手掛ける方だそうです。
Hillbillyを探していた時に、出てきた曲です。弦におされて、存在感があるかというと、ちょっとないんですが。基底音としてバランスを取っているんだと思います。
実は、もうひとつ情報源があります。
スミソニアン博物館です。スミソニアン博物館が、スミソニアンミュージックという音楽部門を持っています。

The Birth of the Drum Set | Smithsonian Music
ただ、記事を鵜呑みにできないのが、上記に記した、パーカッションの専門店の老舗の存在です。
アメリカは確かに広大な国ではあるんですが。
アフリカ大陸にルーツを持つ当時のアメリカの皆さんが様々な音楽のベーシックを担っていたので、情報が錯綜しているようにも思います。
日本や欧州でもレイシズムはあるんですが。ある程度、大人になると関係がなくなるんですね。
アメリカはいつになったら、そういう環境づくりになるんだろうか?と思います。
人種という問題が、正しい音楽のルーツ探しをむつかしくするんですよ。
実は、Jazzですらむつかしいんですね。Bluesに関しては、完全にアフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人が作った音楽になります。但し、Jazzはむつかしいんです。
Swing Jazzというジャンルがあります。オケのような形をとるダンス仕様のジャズバンドになります。
Jean Goldketteさんというピアニストがいらっしゃいます。
1893年にフランスに生まれたという説が一般的だそうですが。もう一つ説があり、ギリシャ生まれという説です。お母様はサーカス劇団に所属をしていて、お父様は身元が今のところ不明だそうです。ギリシャやロシアなどでピアノの腕を磨き、1911年にアメリカに移住をします。どうして人気が出たかというと日本語で言うダンスホール、米語でいう”ball room”の楽団で頭角を現したそうです。実際に楽団のリーダを務めておられたりしました。
1936年にアメリカの大恐慌で破産に追い込まれたそうです。それまでは、現在も建物があるDetroit Athletic Clubというところの音楽部門の総括をしていたそうです。20年ほど。おそらく、デトロイトのDetroit Athletic Clubは、遠い昔に”ball room”の施設があって、楽団があったことになります。
踊ることが主目的の場所を下支えする楽団が演奏していたのが、Swing musicになりますし、ベースはジャズです。ジャズがアフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人だけで構成されるかというとむつかしいんですよ。
いろんな種類のジャズがあるからです。人種で分けてしまうとむつかしいんですが。どうしても、アフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人が、仕事や生活で制限をかけられていたアメリカの歴史があるからです。それと同様に見た目は白人なんですが、移民の国なので、富裕層に入れなかった白人の皆さんもたくさんいるはずなんですね。
アメリカの文学は通り一遍しかかじっていませんが。アメリカの富裕層はアメリカという国が出来るかできないかという時から存在をしていて、その後の時代に、欧州からやってくる各国の移民とは別になります。
なので、アメリカという国が出来上がる過程と、音楽がそれぞれ形成される過程とは別にして調べないと、何かを見失うんだと思います。
Jazzという音楽自体がひとくくりにできないんです。
繰り返しになりますが、Jazzという音楽に対して1930年代に影響を与えたLonnie Johnsonさんの演奏を聴くとBluesなんです。
音楽のジャンルって簡単じゃないなって思うんです。
スミソニアンになるので、もっと真摯にアメリカの音楽を調べてほしいです。人種という壁に阻まれてしまい、権威が人種のバイアスのなかでいろんなものを見失うというのは残念ですし。
アフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人もいれば、移民としてやってきてそこまで経済的に恵まれないいろんな国のルーツのアメリカ人も、1920年代から1940年代までいたはずなので。アメリカの大恐慌もあれば、日本との太平洋戦争もあるんです。アメリカの音楽って簡単じゃないはずですよ。
頑張ってください。
わたしは、個人的に頑張ります。
アメリカは、そろそろ、人種問題は今更っていう国になってくださいね。欧州だと結構今更ですよ。国にも寄るのかもしれませんが。Footballという視座をもつと、人種?今更なんやねん。関係あるかいなってなります。
2026年には北中米大会ですから。
頑張ってくださいね。
アメリカにおけるアフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人がどこに居住をもったかとか、奴隷制度についてはわたしは、実はそこまで調べていないので、というのも、南北戦争の後に、アメリカ合衆国憲法修正第13条があるそうですが、1865年に、その地点で成立をしていた州で修正条項が批准が議論をされるんですが。1865年の段階で、51州の数はないですし。31の州ではその年に批准しているみたいですが。アフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人のアメリカ国内での移動なんかは研究課題としてあるんだろうか?とも思いますし。アメリカで抑圧の対象になったのは、アフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人だけではなく、元々アメリカにいた先住民族のみなさんも抑圧の対象になってますから。
もう、むつかしすぎてわからないんですよ。
「アメリカの農夫を階級的立法や忍び寄る集中資本から保護するために団結させる」ための農夫同盟というのはアフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人とその他の国からの移民としてのルーツを持つアメリカ人で、別枠で形成があったんだろうか?もうわからないという。
ごめんなさい。アメリカの歴史がわからなくって。
アメリカの歴史もわからない極東の無知な日本人がアメリカの音楽の勉強を頑張っているんだと思って、どうぞ、見逃してください。すいませんね、平和な国で。現在の日本人というのは、基本的にどこの国のルーツをご両親のどちらかが持っていたとしても、日本の教育を受けていれば、日本人なんです。第2次世界大戦を泥沼化させた国になるので、日本人は日本の国籍しか持てません。日本人は日本人でしかないです。
もう、お互いに、2024年から、1920~40年代を振り返るでいいでしょうか?
ご協力ありがとうございます。
話を戻しますね。語彙としてはいけないのでしょうか。
いわゆる差別感情が高いんだろうか?日本人だとまったくわからないという”the southest”の現状は全くわからないんですが。

ここは南部ですという地域です。ここの1920~1940年代までの人口におけるアフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人をもつ人たちの比率って正直わかりません。ドラムが作られていた、イリノイ州とインディアナ州での比率とかどうなんでしょうか?
当時は仕事の制限もあったんだと思うんですね。
1947年のアメリカ映画ですが。New Orleansという映画です。ビリー・ホリディさんの仕事は、”maid”で、ルイ・アームストロングさんの仕事は、”musician”です。当時のアメリカの認識が正しいのかわからないんですが、ニューオリンズでは賭博がごく普通におこなわれていて、そこでは、楽団が音楽を提供しています。時代考証はあっていますか?
私はわかりませんよ。
そして、大事なのが、楽団ですが。人種関係ありますか?ないですよ。
楽団を率いるのはアメリカ人のWoody Hermanさんになりますが。
人種は若干関係ない感じですよ。
音楽に関してはですが。
そして、1920年から1940年代の間に、Race Recordsといういくつかのレーベルが相乗りをしているようなレーベルのようなものがあるんです。アフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人の音楽を対象としたものです。いま考えると欧州からの移民はルーツを辿れるんですが、アフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人はルーツを辿るのがむつかしそうなんですよ。アフリカっていろんな国があって、わたしなんか、国ごとのお国柄とかわからないですからね。
このRace Recordsには、実は黒人の楽団長が率いる楽団があります。
Clarence Williamsさんは1898年のルイジアナ州のご出身で、Wikipediaを鵜呑みにしてしまうと、少年の時には靴磨きで生計を立てていて、後に教会で歌や音楽で名をはせるそうです。1910年頃には地元で有名な音楽家で、最終的にニューヨークに移住して、アフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人のための音楽のコミュニティを作ったりしたそうです。
この時代のニューヨークはよくわからないんですが。いまのニューヨークの基礎みたいな感じだったんでしょうか?
Race Recordsには、Okeh Records、Emerson Records、Vocalin Records、 Victor Talking Machine Company、Paramount Recordsなどが相乗り状態だったそうです。
アメリカの基礎的な音楽レーベルってニューヨークなんですよ。
Whoop It upという曲になります。1929年の録音です。Youtube.comのチャンネルの紹介によると、Ed Allen (cn, tb, as) Clarence Williams (p) Floyd Casey (d)という編成だそうです。
そうです。ドラムがあるんですよ。
Floyd Caseyさんは、1900年にミズーリ州生まれたそうです。そして、ジャズドラマーだそうです。
つまり、アフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人で編成をされたシンプルなジャズでドラムの音楽が成立をしています。
結局、アメリカのポピュラー音楽の基礎構築を助けていたのは、ニューヨークという都市なのかもしれませんよね。
いまと変わらないのかもしれません。
ドラムと不得意なジャンルのジャズで困りましたが、音楽の基礎的なところは結局、bluesの影響下が多分にあったjazzという音楽ジャンルで、jazzという音楽ジャンル自体、アメリカで問題になってしまう人種の壁というものを、軽々と超える音楽ジャンルで、大体、ニューヨークの音楽レーベルがそれを提供しているみたいです。そういった音楽群が下地のR&Bって考えると、それは普遍的な音楽になる下地としては、もう、十分じゃないんだろうかって、個人的には思っています。間違っていたら、ごめんなさい。でも、アメリカのポピュラー音楽の勉強をしていると、案外と事前のバイアスがかかりすぎているような気もします。どうなんでしょうね。2024年ですから。アメリカ人はアメリカ人ですし。きちんとある意味、人種関係なく、平等に音楽の歴史を振り返ってもいいんじゃないのかな?って思ったりもします。いまから、10年ぐらい経って、アメリカのポピュラー音楽の研究者が、”race records”を振り返った時、アフリカ大陸にルーツを持つアメリカ人の方が、ジャンルによってはセンスが抜群で、他の国々にルーツをもつアメリカ人を寄せ付けなかったんだという説明でも成り立ってしまうような気もするんですよ。念のためですが、サル目ヒト科は、肌の色とか一切関係なく、遺伝子のレベルでアフリカ大陸のイヴと関係性をもっているんです。人類の移動の最中に、各地域に当時住んでいた○○人と交配があるんですが。○○人のルーツはもう、今後の研究に委ねるしかないです。見た目で判断したって中身が伴わないってことですよ。日本人には日本の教育制度です。外見は全く関係ないです、正直言って。大体、現在のアメリカのポピュラー音楽の基礎を考えたところで、誰もボブ・マーリーさんに勝てないんですよ。マーリーさんはジャマイカのひとですけどね。アメリカ人は太刀打ちできませんっ。私は間違っていませんっ。