音と聴覚と。

総務省の文献で読んだのですが。

空気には重さがあって、1㎥(立法メートル)の空気の重さを、真空の中で計ると1.3kgになるんだそうです。思ったより重いです(個人的な感想です)。

空気自体はいろんな要素でなりたっていますが、ぎゅっとちいさな一箇所に押し込もうとすると、いやだって元の状態を回復しようとする弾性があるそうです。

その空気のなかを振動していく様々な音を、私たちの耳は知覚します。ただし、全部の音は知覚しません。

必要な音を拾い、不必要な音は拾わないんですよ。私たちの耳って。

わたしは、鬱になり、睡眠薬をお薬と思って飲んでいたら、処方箋薬物中毒になってしまい、そのまま、鬱が再発するという結構悲惨な巡り合わせになったことがあります。

その間、何をしていたかというと、勉強をガリガリとしていました。

常用していた多量の処方箋の睡眠薬と何の相関関係があるのかは、さっぱりなんですが。

酷い聴覚過敏になったことがあります。

脳幹から意識を潰すって脳にも身体にも害悪でしかないんだと思うんですが。

怖いって思う対象が、幽霊とかではなく、冷蔵庫になりました。

変でしょ?

通常なら拾わないはずの冷却用のコンプレッサーの振動音を、耳が拾って、恐怖するという、なんだろう?これは?という恐怖体験におののいていたんです。

ヒトの可聴域の音圧はあるんですが、普通は拾わないんですけどね。だって、必要な音ではないですから。

いまはないですよ。

経口摂取しているベンゾジアゼピン系のお薬の量が減っていくと、この手のストレスに案外強くなるんだとも思っています。

結局、脳神経から臓器まで、不必要に抑止をするので。バランスがわるくなってしまうのかなぁーなんて思ったりもします。

減薬中なのですが。

ぼんやりすることを心掛けています。

空をぼんやりと見上げて、ぼぉーっとします。この空はどこに繋がっているんだろうとか、どうでもいいことを考えます。

きっとどこかには繋がっているんだろうなーって。

みんなの心は、海の中の島のように、別々だけれど、別々の島で、同じ空を見てることだってあるかもしれませんしね。

同じ空を見ながら、みんなそれぞれに、別の感想を持っているのがいいのかもしれません。

みんな一緒の感想だと、つまらないじゃないですか。

だから、バラバラでいいんですよ。

鬱だって治ってしまうと、理性の土台にはなりますし。幽霊なんて幻覚だもんねって断言できますし。

五感の錯誤をある程度体感しても、理性で判断をし抜いた経験をもつので。

幽霊はひとの文化が創り出した幻影なのって断言できます。

ヒトは文化として埋葬の文化を持つから、幽霊とセットになっているだけ。そんなの現世人類までの歴史に遡るんだからねって。

ホラー映画って、制作陣のみなさんや参加する皆さんが、あの手この手で、観客を怖がらせようと必死になる、お化け屋敷なんですよって。

わたしなんて、恐怖を抱いた対象は、冷蔵庫のコンプレッサーなんですよ。

説得力は、多分、あります。

ないかも。

幽霊は実際にみたことはまったくないです。怪奇現象にも縁がないです。随分以前に、知っている人と別のひとのお宅にお邪魔した時に、音がするって怖がっていて、なに?ってなって。音は聞こえたんです。そして、これは家鳴りといって、気圧とか湿度とが関係して、家の基礎になっている建材が、膨張と収れんを繰り返すの。その音なの。コンクリートでも鳴るのって、説明をしたことがあります。古い建築でも、現在の建築でも日本だと避けられないんだと思うって。だって、日本の気候から逃れられないからって。きちんと、理由を伝えると、恐怖ってゼロ以下になるんですよ。しょうがないじゃないですか。そんな性格なんですよ。世の中に、無意味な音ってないんですから。聴覚はきちんと選んで音を聴いているんですよ。

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