頑張らないでいいと思うこと。

Social Mediaによる精神的疲弊ですね。

3年前のBBCのNewsです。

日本の公共放送である、NHKでこのようなニュースを探すことは困難です。

NHKは公共放送なんだろうか?と思うこともあります。

日本の文部科学省ではガイドラインを出しています。

健康問題になるので、私は控えるようにしています。たまに使ったりもしますけど。用途はかなり制限をかけています。

わたしの子供時代にはSocial Mediaはありませんでしたし。なので、Social Mediaがほとんどない生活に戻るのは苦ではないです。

大人ですからね。

そして、同調圧力に全く興味がないんです。

他人の気持ちは、他人の気持ちですし。わたしの気持ちは、わたしの気持ちですし。

別々なんです。

陰謀論自体が理解できませんし。騒ぎたい人は勝手に騒いでいればいいんじゃないのかな?と思っています。

全く興味が無いので、最近の陰謀論なんて知りませんよ。なにか流行でもありますか?

再読に値する本は持ってますし。

音楽を探す旅はありますし。聴くべき音楽もありますし。好きで聴いてる音楽もありますし。

映画はDVDもBlu-rayも持っていますし。廃盤のものも増えてきましたし。

生成AIなんてあったら、楽しいものもつまらなくなるでしょ?

だったら、楽しい方を選びますよ。

誰かが、誰かの好きなものを、誰にも迷惑をかけないかぎり、誰かが楽しんでいていいんですよ。

誰かがは、”someone”でもいいですし、”anyone”でもいいですし。

わたしも自分が好きなように楽しんでいますよ。

例えば、The Beatlesのこの曲で。

エチオピアのアファール地方で発掘作業をしていた、ジョハンソンさんは、ハダールという場所で前腕の骨らしきものと出会うんです。

発掘調査隊のみなさんは、化石がみつかったことを喜んで、この曲を歌ってお祝いをしたそうです。翌日、43度のなか、残りの全部の化石を発掘しないといけないですし、お疲れだったのかもしれませんし。嬉しかったのかもしれませんし。

「AL 288-1」という名前がつけられる骨の標本は、320万年前にそこに生きていた「アウストラロピテクス・アファレンシス」(ラテン語表記になるんです、アファールの南方猿人です)で、二足歩行をして生活をしていた人類の祖先のひとりになる女性の名前のひとつがルーシーになったんです。

The Beatlesは、ルーシーの名前の由来を提供することにもなったそうです。

ルーシーのことを考える時にこんなことを思ったりします。

遠い未来に、自分たちが発掘された人類の先祖の名付け親になることになるとは、当時のThe Beatlesのメンバーの皆さんは知らないはずだし。

曲を作っているときに、これは未来に見つかる二足歩行をしていた、人類の祖先の一人の標本につけられる名前になるんだな、なんて思ってもなかったんだなって考えるんです。

名前の由来すら忘れ去られて、次第にルーシーはルーシーなんだよって、由来なんて知らないよっていう未来もやってくるのかもしれない。

ルーシーの本当の名前は「AL 288-1」なんだけど。

生前のルーシーはどんな生活をしていたんだろう?散歩が好きだったのかな?

ルーシーの知らない未来に、The Beatlesというバンドの古い曲がきっかけになって、自分にまったく別の名前がつけられるなんて思ってたのかな?

思わないかも。生前にルーシーは誰かに名前で呼ばれたことがあるのかな?

猿人の言語なんてわからないけど。

ルーシーのいた、信じられないむかしのエチオピアの風景はどんな風景だったんだろう?

素敵なお花は咲いていたのかな?

(以下省略)

物事にはいろんな見方があって、それぞれの楽しみ方があるんですよ、それぞれの考え方があるんですよ。

それでいいですよね?

わたしは、それでいいと思うんですよ。本当に。

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