それはもうひとそれぞれなんでしょうが。
統一感はきっとどこかにあるはずなんだとは思うんですが。自分ではわかりません。
子供の頃に活字の到来が結構早かったので、絵本を案外読んでいなかったりします。
小学校の高学年になると、マンガを読むなんてという家族からの躾が厳しくなり、中学生になると、マンガを読むことが全面禁止になります。
だから、マンガを読むのが不得意なのかもしれません。
現状と比較しても、わたしの子供の頃のほうが文庫本のレヴェルが高かったので(出版社によりますよ)、端から読んでました。学校の図書館を使い果たすと、本屋さんを頑張っていました。
あまりに買い込んでいたので(当時、文庫本は安かったんです)、途中で選別して古本屋さんにもっていたんですが。

当時の文庫本ですから、ワンコインぐらいにしかならず。
本の運命の厳しさを子供心に知ったりしました。
好きな棚はあったんです。海外文学の棚です。海外文学の棚もいまほど値段が高騰するということもなく、子供の手には届いたんですよ。
そこが基礎になってますね。
後は図書館との併用です。
図書館にあったあの絶妙に面白い本はなんだっけ?というくらいの活用の仕方です。自分が後に英文学を目指すなんて知りませんし。

ただただ、読み散らかしてました。
で、結局、好きな本なんですが。
本の3分の1が註という本が好きです。註が充実している本が本当に大好きです。
無論、中身も必要になりますが。
註が好きなんですよ。
あ、調べてあるーというのを確認するのが、好きです。
実は子供の時からの註好きなので。
そこは変わりませんね。
こどものときに、わからない部分に註のルビがあると、註を確認して読むのが好きだったんですよ。変な子供で悪かったですね。いいじゃないですか、たまにそんな子供が大人になっていても。ほっておいてください。