英文学でオカルティズムで何かあったかな?と思っても、薔薇十字ぐらいでしょうか?
オカルティズムと言われてもってなりますね。
18世紀終わりから19世紀はじめにかけて、ロマン主義といういくつかの文学潮流がイングランドではあるんですね。
時代背景としては結構面倒くさいんですよ。フランスでフランス革命がありますし。イングランドからひとがでかけることもあれば、イングランドに避難してくるひとたちもいるんですね。
ロマン主義というのは欧州では比較的広範囲の潮流を持っていて、わたしは門外漢なんですが、ドイツ文学などにも潮流があり、相互影響下にあるんです。
ただし、文学上の潮流と一言でくくれないのがむつかしいところなんです。
本当にむつかしいんです。

イングランドでは名誉革命が訪れた後に、神学上の秩序回復というのが、神学上からも無論なされるんですが、神の写し絵としてのイングランドという庭で、実際の土地改良という公共性に根差した農業改革としても立ち現れたりするんですよ、実際に。
庭園論というのはキリスト教のアイディアになります。

キリスト教では、楽園というのが失われて、人間社会が形成されるというアイディアがあります。つまり、楽園は失われるので秩序回復がなりたたない現代(当時の荒廃したイングランドですが)に私たちは生きている、だが、イングランドにおいてその秩序は回復されるべきだという神学上の秩序回復がその時代の急務になって、さまざまな階層のイングランドのキリスト教徒、大学人から文学者からもうありとあらゆるひとが、頑張るんですよ。それくらい、当時のイングランドは戦争に明け暮れていたんです。名誉革命を契機として、神学上の秩序回復の努力がさまざまな人によって行われます。
どういう形かというと「公共」の意識をもって「土地の有用性」を考えようなんです。ひとつのアイディアとしては。これが農業革命に続いたりもして、イングランドの一つの大きな歴史の流れを形作るんですね。
そこに付随して出てくるのが庭園論なんです。
イングリッシュガーデンって有名なんですが、歴史があるんです。
話が長くなるので、端折りますが。
数回に分けて語りつくしましょうか?それでは、飽きるでしょ?
ほら、そうでしょ?
やっぱり。
実際、語りつくせといわれたら、知識としては限定的かもしれませんが(イタリヤやドイツがわかりません)頑張れるんですよ。それでも長くなりますし。
端折りますね。ものすごく端折ります。
18世紀後半から19世紀にかけても、この土地改良というのはずっと続きます。理論的な下支えというのは、これが定番というのはむつかしく議論もわかれるところも多々あるようです。
むつかしいですか?
名誉革命後に、荒廃したイングランドを精神的にも救おうという流れが神学上であるんです。「公共性」というのを大事にしようです。それを無視して、お互いに血で血を洗いすぎたのではないだろうかという反省があったんです。ここにはプラトン主義や新プラトン主義など欧州にひろくあった知性主義的な神学の考え方を援用して、イングランドの神学の荒廃を救おうとした大学人の思想的な努力から近所の牧師館の牧師さんの日々の思考の努力から、多面的な努力があったそうなんです。
それが精神的な背景になり。
「公共」を頑張ろうというアイディアが主流になる時代があります。「公共善」の追求です。
実際に植林事業とかもあるんですよ。

「公共善」自体は多面性をもつのかもしれませんが、ここでは土地改良に特化します。戦争に明け暮れていた過去があり、土地の荒廃があったとして「公共善」の考え方をもとにして、イングリッシュガーデンまで、どうたどり着くのでしょうか?
端折りながら進めますね。
経済的な持ち直しはあるんですよ。
当時は大英帝国として植民地支配もしていたイングランドなので、いろんなところで立身出世の道もあるわけなんです。大体3世代くらいかかるんです。それなりの身分になるのには。本当に、当時の文学にも描かれてますからね。
貴族の下の地主階級の人たちが経済的に潤ってくるんです。地主階級だって背景に歴史が刻まれれば、宮廷に出かけたりもする地位になるので。
貴族の下の階級が実際に台頭をしてくるんですね。経済力を実際につけてくるからです。ただし、急に図々しい態度はとれないでしょ?単なる成金ですから。そこで経済的な勢力を維持しながら3世代をかけて根付いていくんです。階級ごとに層をなして力をつけるんですよ。
そういう身分のひとはロンドンに居住をもち、田舎に居住を持つんです。田舎では広範囲な土地があり、すでに邸宅と農園と庭園といろんな要素から成り立つ(そこでひとつの社会形成があります)地所(英語で言うと”estate”です)があり、そこの改善を頑張ったりもするんです。
最初はいろんなことを背景にした成金なのかもしれません。ですが、世代を経ても経済力を維持できるとロンドンだけの住居だけではなく、田舎に居住空間を持つ志向性がでてきます。細かい言及は避けますが、イングランドの宗教観にも根差しているんですよ。
土地売買はきちんと当時から履行されていますし。地主階級がもつ田園の居住空間の整備が数世代にわたり行われます。ずっと複数世帯が住むこともありますし。手放すこともありますし、そこを買い取って新たに住む人たちもいます。ひとは入れ替わります。
時代が19世紀に差し掛かってくると、新興ブルジョアも増えるので、土地改良の贅沢の極みである造園論の爛熟期みたいになるんですね。

造園の専門家も出てきます。有名なのはブラウン(Capability Brown)やレプトンというひとたちです。造園に流行まであるんです。造園なので土地改良であり、実際に農業もはやるんです。農園と林苑をどう配置するのかどう融合するのかという課題も議論になったりもします。
めんどくさそうですよね。レプトンは『理論と実践』という著作を1803年に出版しています。
土地改良の理論と実践ですが。
こういう時代背景があるんです。土地改良はイングランドに根付き、”estate”の整備もすでに行われている時代に、造園が流行り、邸宅の整備がかなり進むんです。
そのような時代背景のなかで、ブラウンの造園様式に対する批判が出るんですね。ブラウンの造園論の細かいところに触れると話が冗長になるので、ここでは触れませんが。
詩による批判から、美学の視点からの批判から多岐にわたります。
背景にフランス革命があるんです。
海峡を挟んだ隣国で、革命が起こり、混乱が起こり、政体が転覆されるわけなんです。
そして、イギリスとフランスは交戦状態にもなるので、イングランド自体は、保守反動化したりもするんです。
そんななかでロマン主義という文学が生まれるんですよ。多種多様なロマン主義があるので、ひとくくりにはできないんですが。
自然をうたうんですよ。眼前にある自然の場合もあれば、想像上の自然の場合もあります。
時間の感覚というのが特徴的だったりもします(一概には言えませんよ、もちろん)。
美しい詩もたくさんあるんですよ。個人的に大好きなのは、KeatsのTo Autumnです。
公共善としての自然の扱いのはじまりが、農業革命も相まって、実際に自然が整備され、そこに土地改良の事業展開が行われることが普通の日常の風景になっていき、自然は段々と個人のなかに移っていくんですね。
文学では新たな詩の潮流としてそれが反映されるんです。
欧州の交戦状態で、戦争が遠因になったり、近因になったりしながら、様々な心がイングランドの文学のなかで、詩の潮流を新たに生み出すんですね。かなり豊かな詩の潮流になります。では、文学作品では?となると、大文字の文学ではないんですが(大文字の文学というのはイングランドの文学史で避けては通れませんねという文学のことです。無論、大文字の文学も含まれるんですが)、このフランス革命の前後に女性の名もなき文学者が非常に活躍をするんです。
戦中、戦後はまだ迎えきれていないという時代背景で、イングランドではない土地を舞台にした物語がたくさん描かれたり、また、この時代だけには限らないんだと思うんですが、フランスからイングランドへ、またイングランドからフランスへと翻訳の文学の隆盛もあるんです。
小説の萌芽の時代背景もあるんですが、手紙の形式を応用して、イングランドの小説って成立をするんですよ。
当時の連絡手段が手紙ですからね。

いろんな女性の文学者がいろんな文学を書くんです。無論、男性も書きますよ。
ゴシックロマンという小説のちいさなジャンルの萌芽があるんです。このゴシックロマンのジャンルはフランス文学にもあって相互影響の形で、イングランドでも流行があるんです。大文字の文学を考えると下位ジャンルにはなるんですが。いわゆるイングランドの文学史という歴史のなかではマイナーなジャンルにはなります。
複雑怪奇な屋敷が舞台になっていて、監禁事件が起こったりするんです。イングランドが舞台では全くないんですが。
そういうジャンルの小説の流行があるんです。現実ではイングランドとフランスの交戦状態があったりもするんです。
戦争の現実の現場から、日常までちょっとした距離があるんです。
造園様式は爛熟期で、イングランドの建築様式は古典的な形だとフランスの影響もあります。それが形骸化して一周して、フランスから導入された整形式とイングランドの独自進化の風景式のなかで折衷案が試みられて長い年月を経ています。ヨーロッパからの影響が多大にあった造園技術はイングランドのオリジナリティのなかで議論だけが複雑化するんですね。戦争の時代が訪れて、イングランドの国内では反動保守の意識の広がりが地味にあって。
イングランドの当時のいまではなく、イングランドの当時の現在の場所ではなく。
別の借景で、別の時間軸で物語が語られるのです。
イングランドの造園様式の爛熟に何の意味があるのだろうかと。ですが、現実はイングランドの造園様式の爛熟期になるので、視野に映る風景を無視はできず。そこから逃れることも案外できないんですけど。
わたしが個人的に好きなのは、ゴドウィンの『ケイレヴ・ウィリアムズ』です。ゴドウィンは男性ですが。学生のとき、先生が教科書として取り上げてくださったんです。
怒られながら読んでましたよ。ちょっとでも予習が足りないと怒られ、誤読をした日には大変という日々でした。きちんと精読をして、綿密に読み解かないといけない日々だったんです。白水社から翻訳も出ているそうです。
新興ブルジョアの台頭もあっての造園様式の爛熟期で、戦争がある時代にちいさな文学の流行がうまれるんです。小説、しかも当時のイングランドの現在でもなければ、イングランドのいまを扱わないゴシックロマンという小説の様式を通して描かれるんです。貫かれている姿勢は鋭い風刺です。ミステリでもあるんです。現代ではイングランドという国の文学はミステリのある種の母国でもありますが。源泉はここなのでは?という。
わたしはまだ翻訳を読んでいませんが。気が向いたら読んでみます。
実際に、イングリッシュガーデンというのは歴史があるものなんですよ。手間が大変そうですよね。
勉強しておくといろんな思い出をもつことになります。