そういえば、パレスティナのクリスマスってどうなるんだろう?って思ったんですね。
日本語のWikipediaにはそっと「パレスティナのクリスマス」という項目があるんです。
わたしみたいにどうなんだろう?って思うひとのためにそっと存在をしているようです。
ほかの言語にはなく、日本語のみで「パレスティナのクリスマス」という項目で存在をしています。
聖地があっても、住んでいるひとたちのなかでキリスト教徒は少数派になるそうです。

お祝いがいつできるようになるのかわかりませんが。
いつかお祝い事がまたできるといいのになって思います。時間はかかると思いますけれど。
将来、「パレスティナのクリスマス」の項目にたくさんの楽しい記載が加わるといいなって思います。
わたし個人は信仰をもたないので。
知識を得るためだったり、単にお祝いの気持ちを眺めたりするだけなんですが。
いろんな場所で平和が希求されていたんだなって思いました。Wikepedia自体は無償行為によって作られている百科事典ですし。本来のありかたとしていいですよね。人々の善意で成り立っているという感じがいいです。いろんな専門家が趣味で研鑽をしていることをWikipediaで編集していたり、こそっという感じがいいですよね。わたしが編集者であることは、少数の人たちにしか知らせないように、とか。この間、間違えて編集ページを開いてしまい。ただでさえ、ロカビリーで悩んでいる最中なのに。勘弁してほしいと思ったこともあります。文献で調べられないので(そもそも学究としての質の担保がむつかしそうなんです)、Wikipediaを利用しているんですが。無料の百科事典なので、これは解釈の違いなのか、何か根本的なミスなのか、調べる方法を間違っているのか、どうしてこの項目の記載はこうなっているんだろう?とか、一方的に悩みが増えていくだけなんですよ。真面目に利用しようとすると、正直言って、一長一短でしかないときもあります。別の方向性から調べていくと、あれ?記載が、あれ?という記載もあるんです。なんとも言いようがないんですよ。最終目的地はイングランドなのにっ、たどり着こうにも、ロカビリーそのものが壁なんです。わたしは何やってるんだろう?って思ったり、結局、何も進んでいなかったり。なんだか散々です。学生が長かったので基本的に調べるんです。しょうがないんですよ。わたしの知らない音源だらけになりますし、記載のないものなんてたーくさんありますよ。80年~90年前のことについてここまで悩むことになるなんて思ってもみませんでした。アメリカ合衆国にまったく詳しくないので。たまに辛いなって本当に思います。