読書としての。

ドゥルーズなんです。フランス語は単語を暗記している最中ですし。原語で読めないんですよ。

わたしは残念なひとなんです。

それでも、読みながら思うのです。

英文学の場合、専門があったとしても同時に英文学史への目くばせは当然ながらあるわけです。

古英語から逃げたので、Bēowulfは読めません。頭が悪いんです。今更どうしようもありません。15世紀当たりの中英語のむつかしいのも読みこなす自信がありません。チョーサーは学んでいますが、中英語のテキストを丸投げされても読めません。勉強しながらだと頑張れるんでしょうか?自問自答です。

ドゥルーズは現代のフランスの哲学者になりますが。そして、フランスのさまざまな受験戦争(戦争はないんだと思いますが、受験生が追い詰められ、本当キリキリまで追い詰められて大変という話は読んだことがあります)では哲学の比重に置かれているというのも読んだことがあります。

日本でフランス哲学を学ぶみなさんは、どこでフランスの哲学の歴史を学ぶのでしょうか?

学校なんだろうなとは思うんですが。

教科書とかないのかな?って探しても、探し方が悪いのか見つからないんですよ。

フランスの哲学の通史ってどのような講義になってるんだろうな?って。

ナイーヴにそう思ってしまう背後にはドゥルーズの存在があります。ドゥルーズってたくさんの哲学者への言及があり、フランス国内の哲学者にとどまりません、正直言って。ただし、ドゥルーズが読みこなせていたのは仏訳の翻訳文献のみです。

日本語訳を起点としてドゥルーズを理解しようとしているわたしと、語学的な視点としては差がないんです。あくまで視点ですよ。

能力差は莫大ですから。

わたしにあるのは、手続きが不透明という点に対する懐疑心です。

日本で例えば、ドゥルーズやほかのフランスの現代哲学の論客を研究する先生方や学生さんたちはフランス語で文献を読むんだと思います。それは当然ですよね。

そして、フランス語圏以外の哲学への言及もそれらの哲学者は縦横無尽に行っているわけで。哲学者のなかにはドイツ語だったらドイツ語の原点にあたって考える哲学者もいるわけです。

それは哲学者それぞれの姿勢によるんだと思うんですが。

なので、フランスの哲学を学ぶ上ので哲学史をどうやってそれらの哲学者は学んできたんだろうか?という視点が気になるんです。

大体、どんなテクストで学んでいたんだろうか?フランス国内の大学でフランスの哲学の歴史の体系ってどのような教育が行われているんだろうか?とか。その教育への視点をうやむやにして現代フランス哲学の勉強もへったくれもないだろうとも思うんです。

探しているんですが。なかなか見つかりません。

探し方が悪いのかもしれませんね。

イギリス文学の場合は、日本でもイギリス文学史の講義は普通にあるはずです。わたしは先生から学びましたし。それはあくまで基礎で、そこから細かいところは自主的に学んでいくという形でした。学んでいけたんですよ。翻訳文献も豊富にありますし。研究書も豊富にあります。自分の研究分野の周辺だけだと視野は狭くなりますしね。フランスの教育における哲学の比重が比較的あるという歴史を背景におくと、フランスにおける哲学史の教育はどのようなものなのかという視点はあってしかるべきですし。日本でそれが敷衍されていないというのはおかしいと思うんですよ。20世紀の哲学者を勉強しようとしている学生が、16世紀のルネサンス期のフランスの哲学に目配せがないとか、たぶん、ないんじゃないのかな?って思うんですが。違うんですかね?フランスの哲学史の背骨を押さえておかないで、学生がフランスの現代の哲学者を研究する場合、とっちらかるというのは想像に難くないんですよ。教科書がないですよね、日本では。探し出せない私が頭が悪いというのは理解しています。

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