こういうものが流行しているのかもしれませんよ、という情報については、斜に構える姿勢を子供のころから崩していません。
理由はなんだろう?と思い返すこともあるんですが。
便乗しろよ、便乗しろよというノリが嫌いだからなのかな?って、思ったりもします。
「みんなが」とか「みんな」が生み出す「幻影の大多数」とか、案外作り物なんだよなっていうのが、子供のころから透けて見えていたせいなのかもしれません。
自分が熱中するものに関しては、自分のなかでその理由が結構明快だったので余計にそう思えたのかもしれません。
だからといって、流行にのる周囲に対して、”no!”という態度を全面的に表明したことは案外ないんです。

そうだねって一応の理解を示したり、自分の許容範囲内でなんとか対応を取ろうとしてきましたよ。
社交性がゼロなわけではまったくないので。
それと自分がこころを傾けるのかどうかは別問題なんです。
時間を不必要に使うことにはなるので。
最近の多孔化や脱同調圧力の傾向性は、うれしいですね。
誰にも抑圧されたり、誰にも強制されないっていいですよ。楽しいです。