World Cupは体調もあったので、つらい時には観るのを控えていました。
一番体が辛かったのは実はパリ五輪だったんです。
パリ五輪の開催式を観ていたんです。意識があるのに視覚の認知が茫洋として混濁していくような体調で、画面のなかにあるセーヌ川を眺めながら、開会式の内容が本当に頭に入ってこないような状況でした。
それでも心に響いたのは、当時聴いていたBBCのクラシック専門のラジオだと、ドビュッシーとラベルの間で存在を無視され、音楽が一切取り上げられないようなサティのピアノ曲でした。ドビュッシー、ラベルとともに採用されていて。開催式のある種のけたたましさとそぐわないので、ピアノ曲だけが宙に浮かんでしまっていて。不思議なBGMのようで。たまに遠のく意識のなかで聴いていたので、開会式のどのあたりだったかは覚えていないんです。
パリ五輪の目的はfootballでした。
アジア予選もしっかりと観ていましたし。当時アカウントを持っていた旧称twitterで、実際に届くのかどうかは一向にわからない戦術を伝えようと必死だったんです。
当時のパリ世代に取り入れられていたモダンな戦術というのがあり、中盤の3人のMFで構成する不規則なボランチの戦術だったのです。
もともとはWorld Cupのカタール大会の欧州地域の予選で出てきたアイディアをその源泉とした中盤の戦術で。当時の予選では、中盤の守備的なボランチと攻撃的なボランチの間で、どちらもこなせるユーティリティのボランチがいて、守備的なボランチ、攻撃的なボランチの2枚とポジションチェンジをしながら、中盤の攻守に流動性を持たせるという戦術があったんです。
試合によっては3人のボランチがぐるぐると持ち場を変えて、循環するボランチを構成しているときもありました。
五輪大会だとそこまでの洗練は困難なので、守備的なボランチ、もしくは攻撃的なボランチを1枚固定して、残りの2枚のボランチでポジションを入れ替えて、攻守で中盤を支配して、試合を有利に進めるという戦術が主流になっていました。
その中盤の3枚のボランチの構成を、旧称twitterのアカウントから必死で伝えようとしていたんです。
育成世代のスタッフは鹿島アントラーズの人材なので、勝ちたい、絶対に勝ちたいという気持ちが先行してしまい。
いまでも一生懸命に何をやっていたんだろうとは思います。
伝わったかどうかも不明瞭なのに。

Footballで鹿島アントラーズがかかわると闇雲になってしまうんです。習性です。
まぁ、いいじゃないですか。
東京五輪もそうだったんですが。なぜかスペイン代表に勝てないんです。World Cupのカタール大会では勝てたんですが、五輪になると明快に負けるんです。東京五輪はアセンシオ選手に全員で負けた試合になり、パリ五輪は完敗という。
東京五輪の結果もあったので。カタール大会の欧州予選ではスペイン代表の戦術分析をそれは熱心にやったんです。ほかの国別代表もやりましたが。スペイン代表についてはじっくりと分析をしていました。当時のスケジュールがかなり大変で、UEFA地域では国別代表規格の代表監督ではなく、クラブチーム規格の代表監督の擁立もみられたんです。
スペイン代表は特にそうで、エンリケ監督にA代表を託したんです。
実際に凄いことなんですよ。A代表規格の監督というのは、名誉職の扱いもあって報酬はそこまで高額に設定はされません。各国のサッカー協会内で支払うことができる金額設定になります。基本は一桁の億です。世界最高峰であるUEFA地域や資金が潤沢な西アジア地区のリーグだと、リーグの監督の報酬には二桁の億が動きます。
但しリーグの監督と国別代表の監督では質そのものが異なります。どちらも結果次第ということはあるんですが。リーグの監督の場合は複数大会を常に念頭に置きながら、リーグにおけるクラブチームの力を最大限にすることを目的にします。国別代表の監督だと、国別代表の基礎力をあげることを目的とします。視野は育成世代までにおよびますし。より目的が明確になります。
エンリケ監督は畑違いの場所から、急にA代表の監督への抜擢だったので。いろいろ勝手が違う部分もおありだっと思います。
それでもスペイン代表は強くて。
予選ではアンカーポジションをずっとロドリ選手が務め、すごいバランス感覚でスペイン代表を勝利に導いていたんです。圧倒的でした。それでも、本大会になるとキャプテンマークを巻いたブスケツ選手が颯爽とあらわれて、当然のようにポジションを奪って、スペイン代表の戦いに貢献するんです。試合が進むと、誰も構築できていなかったワンボランチのスタイルを大会を通して確立していくんです。
背の高い、デュエルも強い、ボールを持って前に運べるアンカーって最強の存在になるんです。
一方で、ポジションを奪われてロドリ選手は大丈夫なんだろうか?と心配にもなり。本大会までのロドリ選手の努力と活躍というのは著しいものがありましたし、ロドリ選手がいなかったらスペイン代表は本大会出場を勝ち取れなかった側面も当然あるので。
所属はCityなんです。
Cityって特色のあるクラブチームで。”Manly”な性質の選手は何故か長く選手として所属できないんです。どちらかというと気さくな性格で、いろんな選手と交流をもち、優しさを発揮できる選手のほうが長く所属をするんです。そして、同時にCityの選手としての成熟も持ち合わせないとむつかしいんです。クラブチームへの献身が必要とされ、若手に対する気配りも必要とされます。
そして、もっと大事になるのはユーモアの感覚です。いざとなるとユーモアで記者の人たちを煙に巻いてしまうようなことを楽しそうにやるクラブチームでもあるんです。選手間の潤滑油役を担う選手が何人もいるのが特色で。必要になるのは王様になる才覚ではまったくなく、あくまでチームのために、試合に出る選手全員でコミュニケーションをとりながら試合に勝つ姿勢になります。
監督の指示がいい加減なときには、叱り飛ばす選手の役を外国籍選手が担う時だってあります。マンチェスター育ちの選手がやると角が立つからです。
CWCで浦和レッズとの試合になったことがあり、東アジアの戦いが全く理解できないCityの選手たちが混乱に陥り。ハーフタイム後に、あそこはここはと、選手同士で懸命に議論をしていました。試合開始前なんて、当時、日本代表との試合もあったので、コバチッチ選手が必要以上にカメラに映されていて。
固まったコバチッチ選手を観ながら、どうしよう、どうしようと動揺してしまったんですよ。当時のわたしは。
そんな過酷な、さまざまな大会の試合を頑張ってきた、ロドリ選手が北中米大会でMVPを取ったんです。
優勝はスペイン代表でした。
ロドリ選手は腐ったりはしないで、キャプテンマークを巻いて北中米大会に出場していたんです。
ロドリ選手がそのポジションを取らなければゴールにつながらないという場面もたくさんあるんです。
そろそろ、日本でも人気がでないのかな?と思ったりもします。
実は、バロンドール受賞しているfootballerでもあります。日本だとわかりやすい前線の選手が脚光を浴びやすかったりもしますしね。でも要はロドリ選手なんです。