西暦476年。

エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』は読んでいないんです。最近後悔をしていますが。

学校の図書館かどこかで、10巻本なの?長いな。読んでみたい気もするけれど、単なる逃避にならないんだろうか?と意味のない自制をしてしまったことも正直あります。

読めばよかったのにっ。借りて読んでいけばよかったのに。そのための図書館なのに。イギリスなんだから逃避じゃないから、読めばよかったのに。

手を抜いた過去に反省しきりですが。無意味な自制というか、単なるさぼりですよ。

イギリスの文学については関係ないんじゃないの?という意見もあるのかもしれません。間接的に知っておいたほうがいい知識ではあるんですよ。例えば、シェイクスピアの作品には古代ローマを舞台にした戯曲がいくつもあります。シェイクスピアの戯曲の内容と古代ローマの歴史の現実の間に何があるのかという視座もとれるわけで。

シェイクスピア研究の専門家は古代ローマについては基本的な知識をもたないとむつかしい場面もあるんだと思います。

大変ですよね。

閑話休題。

世界史の受験の時には、西ローマ帝国は476年に滅亡したと暗記したんだと思います。暗記する項目が山のようにあるのでいちいち覚えていませんが。

ビザンツ帝国の600年代の記述の時に古代のローマは当時分裂していたと記載してしまいましたが、史学の視点からすると明らかな誤表記です。

すいませんでした。反省をしています。間違いでした。

西ローマ帝国は476年に滅亡します。そこまでが東西の分裂です。ローマは紀元前からの歴史です。東西の分裂はローマ教会とコンスタンティノープル教会の間の大分裂になります。

476年に滅亡する西ローマ帝国の落日については様々な議論があるのでしょうし、わたしは門外漢になるので、何も言えないんですが。ゲルマンの指導者オドアケルが最後の皇帝ロムルス・アウグストゥルスを廃位したときに終焉をしたとされています。

古代のローマは現在の欧州に属州を抱える歴史もあるんです。イングランドも時代をさかのぼるとローマ帝国の一部なんですよ。ロンドンに遺跡も現存します。

そして、ローマ教会はしっかりと残るんです。西ローマ帝国を支配していた皇帝はいなくなるんですが、ローマ教会は残るんです。

属州だった地域やその周縁などでローマ教会の影響を受ける場所では、ローマの法整備がなくなるわけではないんですね。

スコラ(学校)を整備したのはローマカトリックですし。スコラ哲学の隆盛を支えるんです。

スコットランドのドゥンス・スコトゥスを後に排出する背景にもなります。おそらくスコラ(学校)の整備があったので、13世紀の”studium generale”の隆盛があるのかもしれませんし。欧州の大学の整備を最初にてがけたのはバチカンになります。

ローマの法整備というのは、イングランドの法整備にも影響があるそうなので。

西ローマ帝国は終焉するんですが、皇帝がいなくなった後でも教会は繁栄を続けるのです。

教会法は広く欧州で広まりますし、西ローマ帝国が崩壊してもローマの法整備が残存したりするんです。

歴史ってむつかしいですよね。

むつかしいです。

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