気力は足りないのですが。その気力がどの程度か試すのに映画を選んで観ることに。選んだのはアンディー・ウィアーさん原作の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』の映像化作品です。
原作は未読です。スコット監督が映像化したときに映画も観て、原作も翻訳で読んだのですが。細部の詰めが甘くて疲れ果てた記憶があり、今回は避けたんです。
映像化作品しか観ていないので、憶測でしかないのですが。原作は映像化に適していたのでしょうか?映像化の成功(日本のタイトルは『オデッセイ』ですが、ヒットしています)に続こうとして書籍の内容の精査が疎かになっているのだろうか?と悩ましい作品で。
筋立てとしては記憶障害に陥った主人公が意識を取り戻したのは宇宙船の内部で、そこからフラッシュバックを起こしながら、ストーリーの時間軸が前後に揺れながら物語が進むんだろうなと。
記憶が不確かな主人公という造型があると、真偽をはっきりさせる科学者としての主人公の属性にしか、映画を観る観客の寄る辺がなくなるので、その寄る辺の土台を切り崩すようなプロット上の作為性というものを持たせることもできるはずで。主人公が信頼に足るのか足らないのか不確かな道標のままだと映画の展開がそのままサスペンスになるはずなんです。可能性を織り込みながら映画を観ていたのですが。
サスペンスを生み出すための主人公の記憶喪失なのではないのだろうかと。
記憶喪失とフラッシュバックの2段階の不確かさがあり、主人公の語りは事実なのか虚実なのかという深みがあるのかなと。そこは映像化ではプロット上の利点になるはずなので。
考えすぎだったことに映画を観ている途中から気づくことになるんですね。
ストーリーの構成を複雑化するための装置は、枠組みだけで、その意図自体が皆無だと気付くまで、映画を観ながら余計に頭を動かしてしまうので、SF作品を見慣れている観客にとっては肩透かしの連続なんだろうなと思います。

原作が未読なので、映像作品の説明に頼るしかなく。それゆえに寄る辺がなくなる局面に映画を観る観客は置かれるのは確かにそうなんです。
燃料の組成が宇宙空間にも見当たらなさそうという印象は受けます。何にでも耐えられて、エネルギー源にもなるマクロファージのような(?)奇妙な微生物が宇宙空間でどうやって生きることができるのか、想像はできません。映画には封じ込めのような(近い印象はあるんですが、描写は徹底されていません)厳格な管理が必要な対象としては描かれてはいませんし、バイオハザードが燃料になるという発想は突飛です。
宇宙空間で、太陽の表面で生き残り、太陽そのものを欠損させる微生物というのは、想像を超えます。
少なくとも太陽を恒星とする宇宙空間は地球上の人間にとっては、果てしもなく広いのは確かですし。
太陽と金星を結ぶんでしょ?太陽は恒星で金星は惑星で。太陽に薄いガスはありますが、金星は二酸化炭素で覆われていて表面温度は約500度になります。地球の90倍もの大気で、地球上で主人公が封じ込めような状態で同定しているんですが。地球上で同定できる細菌にそもそもなりえるのだろうか?と。
アストロファージの存在にかなりひっかかったんです。この微生物の存在こそが肝になるのならば、その生息環境に対してはSF作家ならば繊細な描写を行っているはずですし。

映画を観ながら、アストロファージの発想はどこからやってきたんだろうと。
太陽と金星を結ぶ地帯に解決のカギのひとつがあるのだとしたら。金星の存在が重要になるのかな?とも思ったんです。地球は金星ととても似ているという考え方が実際にあります。地球に最も距離がちかづく惑星が金星です。直径は地球の0.95倍、重さは地球の0.82倍と、大きさ・重さとも、地球に似ていますし、内部構造もほぼ一緒と考えられているんです。人間が居住可能、つまり、生物が居住可能と考えたときに、地球と金星を分けたのは何になるのかという議論もあります。
JAXAの記事を挙げておきますね。
太陽系の外から見れば、地球も金星も同じ?:違いのわかる観測をUVSPEXで実現する – Cosmos
地球上で主人公により同定され、アストロファージの可能性が探られるんです。金星と地球の近似がカギを担っているのかもしれないと。主人公が存在した地球では解決の手段が探られ、探査の目標となるのは地球から12億光年はなれた太陽に近い恒星が存在するのではとされるくじら座τ(タウ)になります。太陽系は死につつあり、主人公の存在する地球上では12光年離れたくじら座τ(タウ)の研究が観測だけではなく、実像が研究できる段階にあるということのようです。
つまり、死につつある太陽系を救うために、観測上、または、研究上、解が明白だと思われるくじら座τ(タウ)に主人公たちは片道切符のプロジェクトを成功させるために送り込まれるわけです。
12光年離れているので、ロッキーと出会えるのでしょうか?
実際の研究の現在地だと、12億光年はなれた惑星ひとつの実際の組成まではわかりません。太陽系とどれだけの近似を有するのかも不透明です。映画上でも不特定なんですが、それでも太陽系の現実が全く通用しない場所としては描かれていないはずです。そこで得た解を持ち帰るのが主人公たちの設定された任務だからです。
くじら座τ(タウ)で金星(それとも地球?地球と金星の近似の設定は映画上では不透明です)とよく似た組成をもつと思われる惑星(エイドリアン)で、アストロファージを食べる微生物を発見するんです。タウメーバです。
映画を観ながら、プロット上に配置されているはずの「感染」、「アストロファージ」、「タウメーバ」の発想の源が全く見当がつかないんですよ。現実の研究のなかにそれらの発想の要素があるはずで、そこにインスパイアを受けて原作の物語が成立しているはずですし、映像化になっているはずなんです。

例えば、書籍でもいいんですが。SF作品の小説を読み進めていくと、サイエンスフィクションを好んで読む読者層が思わず唸る、現実の研究の現状を部分的に反映させた描写がちりばめられている作品ってすくなくないんですね。ウラシマ効果の時間の遅れという研究の成果があるので、『火星のひと』を読むと、映像化作品を観ると心が揺さぶられる場面があるんです。
通常、小説でもいいんですが、サイエンスフィクションが好きな読者層が読み進めるうちに、解決の要素(破壊の要素も)を発見して背筋が凍ったり、思わず膝を打つ、そういう当たり前の姿勢が全く立ち向かえない作品なのかもしれず。
実際、それが見つかりにくいんです。太陽と金星を並べるのであれば、SF好きだと地球と金星の近似を読み込みたくなるのは飛躍でもなんでもないんです。実際の研究の現実があるので。
それでも、映像作品では地球と金星の近似という当たり前のテーマにかすりもしないんです。
なぜ金星を探査するのか | ミッション | 金星探査機「あかつき」
近世探査機の「あかつき」は金星の気象を調べたんです。
金星を探査する理由、それは私たちが住む地球をより深く理解するためです。
金星と地球は、ともに約46億年前に誕生したと考えられています。その頃の金星には地球と同じように海があったかもしれません。しかし現在の金星には海はなく、二酸化炭素の厚い大気に覆われています。地球より太陽に近い金星は、高温で水蒸気が蒸発しやすく、大気上空まで運ばれた水蒸気は太陽の紫外線により水素と酸素に分解され、軽い水素は宇宙空間に逃げ出してしまったのかもしれません。さらに海を失った金星は、地球のように二酸化炭素を海に溶かし込むことができず、大量の二酸化炭素が大気中に残ってしまったのかもしれません。
また金星上空の大気は、自転の60倍もの速さで流れており、地球の大気の流れとは異なります。なぜ金星でこのような大気の流れが生じるのか、地球の気象学では説明することができません。
私たちは、金星と地球を分けた理由について、確かな情報を多くは持っていません。金星の環境の成り立ちが分かれば、地球が金星のようにならずに、温暖で湿潤な生命に溢れる星となった理由が分かるはずです。また金星大気の流れを説明する金星の気象学ができれば、地球の気象学と合わせてより普遍的な惑星気象学ができると期待されます。惑星気象学の視点で地球の気象を考えることで、地球の大気がなぜ今私たちが知るような姿をしているのか、また将来どうなっていくのかについてより深く知ることができるでしょう。
映画にはこのような視点は一切出てきません。
日本の研究機関が挑んでいる実験について、この映像化作品が射程に抱え込んでいる可能性について考え込んでしまい。微生物研究に絞ってテーマを考えると「たんぽぽ」計画になると思います。

国際宇宙ステーションは約15か国が協力しあって建設した人類史上最大規模の有人実験施設になります。地上約400km上空にあるんですよ。日本の実験棟は「きぼう」と名付けられていて、いろんな研究機関が総出でチャレンジをしている最中なんです。
宇宙空間に微生物は存在しているのか、ヒトが死んでしまう宇宙空間で暴露してまで生き残れるのだろうか?そもそもどうやって地球で生命体が誕生したんだろう?「命の起原以前に有機物が宇宙から地球にやってきた可能性がどれくらいあるのか」そして、「生命(微生物)が地球から脱出して他の天体(火星や木星など)に到達できるかどうか?」という探査計画なんです。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが。映画を観ながら悩みませんでしたか?
わたしもかなり悩んだんです。
SF作品が好きだと、実際の国際宇宙ステーションの実験を調べたりもするじゃないですか。だってそこに人類の夢が詰まっているんですから。

詳しくはこちらで。
「たんぽぽ」 地球帰還試料から探る化学進化とパンスペルミア仮説 | 宇宙科学研究所
日本はもともと、アストロバイオロジーという分野については後進地域だったそうなんです。宇宙空間での生物学ということになるんだと思うんですが。
国際宇宙ステーションの「きぼう」という実験場で日本の様々な研究者が課題のひとつとしたのが、「生命の原材料となる有機物の宇宙塵による地球への輸送」と「地球生命が惑星間を移動する可能性」の両方を検証作業なんだそうです。
宇宙から地球には隕石や宇宙塵が到達し続けています。そこには生命ではないにしろ、生命誕生の手助けにはなるはずのアミノ酸や含水鉱物や岩塩が含まれることがあるんだそうです。
それらが地球の生命誕生のカギをどこかで握っていないんだろうか?という研究がひとつあるそうです。
生命の起源に関しては、宇宙空間を生命が移動するという「パンスペルミア仮説」が1世紀以上前から提唱されています。地球の南極や砂漠で月隕石や火星隕石が採取されるのと同様に、火山爆発や小天体衝突等によって地球表層の土壌と共に重力圏を脱した地球生命が、「たんぽぽの綿毛」のように月や火星に到達する可能性はあります。「たんぽぽ」ではこの仮説を検証するために、(3)地球低軌道上での地球起源微生物の採集と、(4)極限環境微生物の宇宙での生存実験に挑んでいます。
アストロファージは対象をせん滅するんですが、そのために移動をするんですよね?
そうなんですよ。何もない虚空から出てきたアイディアではないのかもしれず、ただ移動手段が不透明ではあるんです。
それにしても、なぜ、恒星や惑星をなぜ襲うのでしょう。
ちなみに、宇宙空間で微生物が3年間は生き残るんだそうです。
微生物が宇宙空間で3年間生存できることを実証 | 宇宙科学研究所
JAXA 宇宙科学研究所の藤田先生は、惑星防護・宇宙検疫の専門家なんだそうです。宇宙空間に生物をさらす暴露実験には3年間という期間が設けられていて、国際宇宙ステーションの「きぼう」にはどうやら専門の実験装置があるそうで、デイノコッカス・ラジオデュランスをもちいた実験がなされたそうです。
デイノコッカス・ラジオデュランスというのはものすごいレベルの耐性をもったバクテリアなんです。1956年にアメリカ合衆国のオレゴン州の農業試験場で牛肉の缶詰を滅菌する実験をおこない、保存をしていたそうです(ガンマ線を照射して)。いくつかの缶が腐食して膨らむということが起こり、原因を調査して、そのバクテリアをとりだしたみたいです。汚染物質として。極限環境(乾燥地や極寒地)や放射性廃棄物近傍でもみつかるそうです。

10Gy(グレイ)というサイズの放射能でヒトは死滅します。人間の体内の過酷な環境で生きる大腸菌は60Gyの放射線で死滅します。しかし、このデイノコッカス・ラディオデュランスは5000Gyを浴びても死滅せず、1万5000Gyでも37%は生き残ります。また、高温、低温、乾燥、低圧力、酸など複数の極限環境で生き延びることができるそうです。
異名が「コナン・ザ・バクテリア」なんだそうです。ロバート・E・ハワードのパルプフィクションについては無知です。映像化された作品も観たことがないんです。
この死滅する余地はどこにあるんだというバクテリア(そうです。地球上で最も強いのはバクテリアになります。デイノコッカス・ラディオデュランスよりも放射線耐性のあるバクテリアも発見されていて(Halobacterium NRC-1という名称だそうです)は約1万8000Gyの放射線に耐えることができるそうです。異名は何になるんでしょうね)、この「コナン・ザ・バクテリア」を用いて実験試料を作り、3年間の曝露実験が終わった後に、地球で持ち帰られた試料をしらべると生存している細菌はいたんだそうです。
恐るべきバクテリアです。
紫外線、放射能、高真空という過酷な宇宙環境で「コナン・ザ・バクテリア」は生き延びたんです。
映画ではバクテリアではないですよね?
アストロファージの着想はどこからやってきたんでしょう?
映画を観ながら、途中で疲れ果てたりもしました。もともとの着想の見当がつかないからです。SF映像作品を観るうえで寄る辺が皆無なんです。SF作品の世界観と私たちの現実をつなぐ発想がどこにあるのかみつからないんです。
映像化作品を観ていても、発想のベースが見つからず、寄る辺がなく、唸る箇所が『火星の人』と単純比較してもないに等しいんです。
映画では感染と滅菌がテーマなんだろうか?とも思ったんですが。地球に生命が生まれる環境を下準備するのが地球外から到達する微生物というアイディアを考慮すると病原菌という視点があってもおかしくはないんです。どちらかというと自然ですし。ただし、捕食という視点があり。
アストロファージを捕食するアメーバです。確かにアメーバは捕食をします。淡水にいて藻を食べます。
関係あるのかどうかはわかりませんが。マクロファージもウィルスや死んだ細胞を食べる食作用という働きがあるんですよ。体のなかを掃除して回っていますし。
映画の世界のなかの生態系について全く理解が及ばず。どうしてバクテリアが介在したりしないんだろう?って思ったり。
強いのに。
生物起源論のひとつとしてのパンスペルミア仮説だと、生命は地球外で発生して地球まで到達するので。隕石や宇宙線がモチーフになるから、ロッキーなんだろうか?とか。
映画を観ながら、だんだんと考えがまとまらなくなっていくんです。
SF作品って知性が試されるので、子供向けのジャンルとしては設定されづらいんです。
最終的には映画の結末はデッドエンドですし。
『火星の人』は楽しめたんですよ、まだ。
だって、リドリー・スコット監督作品だからです。
わたしの知性が足りないだけなのかもしれません。それでもここまで寄る辺がないとSF作品としては楽しめないんです。
厳重に鑑賞した記憶に蓋をして。
忘れ去りたいと思います。
わたしが知っていることと、映画が射程のおさめたい内容がすれ違っているだけなのかもしれませんが。SFの映像作品を観てここまで不毛な気持ちを抱え込んだことがなかったので。はじめての経験でした。