対象との距離と視点をずらすことの重要さ。

今日は読書のおすすめです。但し、専門書です。

勉強していて、ちょっと違う視点が欲しいなぁーという方におすすめする一冊になります。

文献学ってなに?という方いらっしゃると思います。たとえば、一つの研究分野があるとします。その研究分野があらわれ始めたときからの、文献を網羅的に勉強することなどが、文献学になります。特定の主題について網羅的に扱う時、それを文献学と呼びます。一つの研究分野の原典猟歩、それについての批判論や解釈学についての猟歩、成立年代の研究、出典研究などを指します。

例えば、チーズは歴史上、どの時点から現れたのか、どのような製造方法が歴史上最初に存在したのか、最初に作られ始めた地域はどこで、その後、どのような派生を生んだのか?いま、どのように食べられているのかなどを、勉強することって考えると簡単ですよね。

但し、チーズという物体と、チーズが比喩として表現される状況にはかなり隔たりがあるのです。

映画などで、写真を撮るとき、なぜ「チーズ」とみんな発音して、写真に写ろうとするのか、と食べ物のチーズとの距離は近いようで遠いのです。

こういった事象を扱いだすと、先鋭的な示唆を与えてくれるひとがいます。

カルロ・ギンズブルグです。

今回のご紹介の本はこちらになります。

ギンズブルグの視点の肝となっている文章が、第3章の冒頭になります。すこし引用してみますね。

「かなり前から人文科学の分野で「表象」(rappresentazione) について盛んに語られてきた。その成功が言葉の曖昧性に追うところは間違いない。一方では「表象」は表現された現実を意味する。つまり不在を喚起する。そしてもう一方では表現された現実を目に見えるものにする。つまり実在を示唆する。しかしこの対立は容易に逆転できる。前者の場合、表象は、代用品ではあるが、実在する。後者の場合、表現しようとした不在の現実を、対比によって呼び起こそうとする。だが私はこのわずらわしい鏡の遊戯にふけろうとは思わない。」

ギンズブルグの基本的姿勢が示されている箇所になります。

映画の中で、写真を撮られる登場人物たちが強いられる「チーズ」は、笑顔を作るための道具として使われています。「チーズ」の発音が口元を笑顔へ導く手助けをすると信じられているからです。笑顔のために「チーズ」という言葉だけが援用されただけなのです。そこに食べ物のチーズは存在しません。笑顔のためのチーズのなかには、食べ物のチーズの不在だけがあります。単なる笑顔を作る代用品として「チーズ」が用いられているだけです。ただ、この現象は、食べ物の「チーズ」の存在がないと成立しないという事実が潜んでいるのです。

扱われている文献の範囲はかなり広範囲になるので、視点を変えたいなぁーというときには、おすすめの本になります。

ただし、専門書ですけれどね。

残念なのが、原注はあるんですが、訳注がないのです。本当に残念です。

私の読書の最低限の平均値はここになるので、新しい書籍なんて、ほぼ読まないんです。つまらない読書が嫌いだからです。

随分以前は「ユリイカ」とか「現代思想」も、毎号目を通してましたが。もう手にすら取らなくなりました。

だって、つまらないですもの。しょうがありません。

せりか書房で確認をしましたが、きちんとこの本は現役です。絶版にはなっていません。これは面白そうだなぁーという人にはおすすめします。

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