有名なSun Recordsは独立系のレコード会社なんだそうです。いまでも音楽家を輩出し続けています。
Sun Studioという有名なレコードスタジオを共に。
レコードスタジオはいまでも現役なんですって。現地にいくと開始時間はきまっているですが、予約なしで見学ツアーもあるそうですよ。
Memphis Tour | Sun Studio | Memphis
このレコード会社を創業したのが、Sam Phillipsさんです。1923年にアラバマ州のフローレンスにお生まれです。8人兄弟の末っ子で、ご両親はローンを組んで農場を持っていらして。黒人労働者の皆さんの手も借りながら、子供のころは、ご両親とご兄弟と綿花摘みに勤しんでおられたそうです。家業のお手伝いなんだと思います。そして、黒人労働者のみなさんの労働歌に触れる機会もふんだんにあったそうです。
1939年にご家族と旅行でメンフィスを訪れたそうなんですが。当時のメンフィスには音楽の中心地があったんです。
Beal Streetという通りになるそうです。ミシシッピ川からEast Streetまで2,9kmの通りは、1841年からの歴史があり、1860年代には”minstrel show”の開催地にもなっていたそうです。1890年に”Orpheum theatre“というオペラハウスが建設されて、1899年には教会が整備をして、文化センターのようなものもできて、そこで音楽を演奏するbluesのミュージシャンも多かったそうです。”Beale Street Baptist Church”という、テネシー州でも最も古いバプティスト系のアフリカ大陸をルーツとするアメリカ合衆国のみなさんの教会もできたそうです。
1900年頃にはアフリカ大陸にルーツをもつアメリカ合衆国のみなさんがレストランやお店を構えるようになり。
実はこのストリートこそが、メンフィスのブルース(”menphis blues”です)の発祥地になります。
“Beal Street”の名称を冠した楽曲もあるんですよ。1927年の6月10日にシカゴの”Oak Street studio”で録音された音源なんだそうです。
お聴きいただいてわかるように、Jazzです。Red Hot Peppersはシカゴで1926年から1930年まで活躍した7人から8人編成のジャズバンドです。
カバー曲になると、歌詞が付きます。
ルイ・アームストロングさんのカバーです。楽曲のスピードとテンポをかなり落として、歌詞がついていて、アームストロングさんが歌ってらっしゃいます。
音楽のひろがりって凄いですよね。
そんな音楽の発祥の地に、Sam Phillipsさんは家族旅行で出向いてしまったんです。
家族のお手伝いで、一緒に綿花を摘んでいた黒人労働者の皆さんが口ずさんでいた音楽とさほど遠くない音楽の様々なヴァリエーションが聴こえてきたのかもしれませんよね?
お父様が大恐慌で破産の憂き目にあい、1941年に亡くなってしまうのです。Sam Phillipsさんは苦労しながら、1940年代にアラバマ州のWMSLやWLAYというラジオ局で経験を積んで、メンフィスに移りエンジニアとして活躍なさり。そして、ホテルからビックバンドの録音を流したり、メンフィスのWRECというラジオ局では”Songs of the West”という”Saturday Afternoon Tea Dance”という番組のMCを担当なさって音楽を流し照らしたそうです。つまり、地方局で音楽にたくさんお仕事を通して触れて、ラジオ番組のホストとして地方のラジオ局でたくさんの音楽を流してらっしゃったんです。
メンフィス、ユニオンアヴェニューで、1950年、1月3日にthe Memphis Recording Serviceをオープンさせるんですが。音楽をたくさんのひとに届けるラジオ局にお勤めだったので、きっと音楽が生まれてくる場所だったり、その状況については嗅覚がおありだったんだと思います。Phillipsさんはアマチュアミュージシャンに沢山の録音の機会を提供なさるそうです。そこでちいさなヒットが生まれると、より大きなレーベルに音楽の版権の売却をおこなったそうです。ミュージシャンからすると独立系のレコード会社で録音したシングルレコードが売れるとそのまま大きなレコード会社に移ることができたのかもしれませんよね。

最初に録音された音源があります。
クレジットのアーティスト名は、”Jackie Brenston and his Delta Cats”で、曲名は、”Rocket 88”です。
聴くとわかりやすいんですが。
Rcok’n’Rollというよりは、ジャズの”Boogie Woogie”なんです。ボーカルがついている”Boogie Woogie”です。
それでも、1951年にはビルボード誌でR&Bのチャートの整備はあって1位をとっているんです。大成功だったんです。
レコーディングについては、バタバタとレコーディングが行われたのかどうかわからないんですが。バンド名も違うんですよ。The Tophattersという30名以上からなるミシシッピ州のビッグバンドから派生したバンドになるそうで。The Tophattersの音源は探せなかったんですが、swing musicなどを演奏していたそのビッグバンドが分裂したりして、The Kings of Rhythmというこのシングルを録音したバンドが生まれるんです。
ダンスミュージックをやるんです。映像があるんですよ。
ダンスミュージックなんです。
どうして、1位なんでしょうか?
年間のチャートを見てみましょう。
Billboard Top R&B Records of 1951 – Wikipedia
小売りのランキングとジュークボックスのランキングで成立をしています。探して聴いてみるとわかるんですが。
いまのR&Bと、1951年のビルボードのR&Bは少し趣向が違うんです。
1930年のジャズ全盛から20年しか経過していませんし。
Bluesってまだまだそこまで表立った音楽として扱われてなかったみたいです。バラードの楽曲にbluesの影響がみられるくらいなんです。
ビルボートのR&Bのチャートは、1940年代の”race records”をバージョンアップさせたリズム・アンド・ブルースのチャートになるので、The Cloversのようなdoo-wopがフィーチャーされていたりもします。Doo-wopは1940年代から1950年代に隆盛を極めるので。
“King of Rocabilly”のCarl Perkinsonさんの”Dixie Fried”と比較しても、かなりおしゃれな音楽なんです。
Sun Recordsの最初のヒットは、おしゃれな”Boogie Woogie”の派生の音楽なんです。
どんなものにも、最初はあります。最初はあるんですよっ。