【日常生活と救済】
(中略)社会学および社会主義の楽天的な建設主義(コンストリユクテイヴィズム)のまさにその最深部に、孤独の感情が保たれていて、脅威を与えている。それは、交歓(コミュニカシオン)の喜び、共同〔集団〕の仕事、そして、この世界を住み易いものにするようなことをすべて、パスカルの言う気晴らしとして、ただ単に孤独の忘却として、告発することを許すものである。その世界に身を落着け、事物にかかりきりになり、それに執着すること、さらにはまた、事物を支配したいという熱望ーこうしたことは、ただ単に孤独の経験によって貶めらえるだけでなくて、孤独の哲学によって説明されるものである。事物や欲求への気遣いは、それらの欲求そのものが内包している窮極的な目的性を前にしての失墜、逃避であり、確かに宿命的なものであるが、しかしそれにもかかわらず、劣ったもの、そして、排斥されるべきものという烙印を押された非一貫性、非-真実である、というわけだ。
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フランスでのマルクス主義の需要については、様々な考慮が必要になります。マルクスについて簡単に言及しておくと、哲学上ではヘーゲル左派として扱われることが少なくないようです。19世紀のドイツでライン新聞で主筆となり、様々な社会問題について健筆をふるいますが、ライン新聞自体が言論弾圧にあい、パリ、ベルギーと居を移動します。同時代にBund der Kommunistenという共産主義同盟がロンドンで創設されます。この組織自体は内紛や警察の間接的な介入によりケルン共産党事件を引き起こして1853年に解散しています。マルクスとエンゲルスの『共産党宣言』は1872年にドイツ語版への序文、ドイツ語版については、後に1883年、1890年と序文が改訂になっています。英語については、1888年、ポーランド語版については、1892年、イタリヤ語については1893年と序文がつけられています。つまり、19世紀後半にかけて欧州では読まれていました。フランス哲学でマルクスが再び脚光を浴びるのは、サルトルの著書においてになります。1906年にリトアニアで生を受けたレヴィナスがマルクスをどうとらえていたかという点については、判断がかなりむつかいところになります。

ここではエンゲルスを取り上げることにします。1880年にエンゲルスは反デューリング論として『空想より科学へ』というパンフレットを上梓しています。社会主義においては二項対立という概念が重要になります。貧富の格差を社会問題化させるためです。そのためにいささか論が飛躍する場合もあります。エンゲルスは『空想より科学』において資本主義の生産方法という概念を図形化していくのですが、その中で強調されるのは「競争原理」になります。「これはまさにダーウィンの個体の生存競争だ、それが一層の凶暴さをもって、自然から社会へと移されたのである。動物の自然の立場が人類発展の頂点とみられる。かくして、社会生産と資本主義的取得との矛盾は、今や、個々の工場における生産の組織と全社会における生産の無政府性との対立となった」という記述があります。エンゲルスは明らかにダーウィンを誤読しているか、いささか大仰にとらえすぎている感があります。そのような社会の狂騒としての像を「社会学および社会主義の楽天的な建設主義」という言葉の選びからに読み込むことはできるのかもしれません。
但し、個々人が経験する日常には、レヴィナスによると「孤独の経験と社会的経験とのあいだには、単に対立があるだけではなくて、そこには二律背反(アンチノミー)」が潜んでいます。「私が私である」ことと、社会的日常で経験することには、同時性は実は存在しません。現実には個々人が体験する社会的経験が重視され、「私が私である」ことを重視するレヴィナスが強調している「孤独の経験」は「劣ったもの」と受け取られるのが普遍的なのかもしれません。哲学が哲学として生き残る場所は「孤独の経験」になります。
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しかし、逆もまた真なり、である。パスカル的、キルケゴール的、ニーチェ的、そして、ハイデガー的な不安のさなかにあっても、われわれはおぞましい俗物(ブルジョワ)と同じようにふるまうのである。そうでなければ、われわれは狂人ということになる。誰しも、凶器を救済への方途として勧めようとは思わないだろう。(中略)真正な時間は本来ひとつの脱自(エクスターズ)である、と考えてよい。人は時計を買うのだし、実存の裸形性にもかかわらず、できる範囲で、きちんと衣服を身にまとわなければならないのである。また、不安についての書物が書かれるときにも、人はそれを誰かある人のために書くのであるし、その本の執筆と刊行ということとを隔てるあらゆる行程を飛び越えて、ときには、不安の商人としてふるまうことだってあるのだ。
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社会のなかで哲学者の振る舞いは、むつかしいものがあるのかもしれません。俗物としてのブルジョワと同じようにふるまわなければ、つまり、社会性を担保しなければ、「孤独の経験」が強いるものは狂気にちかい苛烈な経験になるはずなのです。
俗物としてのブルジョワと同じようにふるまわなければ、つまり、社会性を担保しなければ、「孤独の経験」が強いるものは狂気にちかい苛烈な経験になるはずなのです。ただ、それは大衆に通用するものではまったくないという弱さが、そこにあるのです。
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孤独と不安とは、建設的かつ楽観的な社会主義にとって、連帯感と自覚〔正気〕とを求めてやまない世界におけるダチョウの姿勢、つまり、現実を直視しないこと〔駝鳥は、非常の際、顔だけを砂の中に隠して、危険を逃れたと思い込む、といわれる〕、社会的変動の時代の付随現象ー余計な贅沢か残り滓のような現象、頭のおかしくなった個人の常軌を逸した夢想、集合的な団体における脱臼のようなものである。そして、社会主義的ヒューマニズムは、孤独の哲学が行使するのとまさに等しい権利をもって、死と孤独とに対する不安を、虚偽と無駄なおしゃべり、さらにまた、欺瞞(まやかし)と人を惑わす雄弁、本質的なものを目前にしての逃避と衰弱、と呼びえるのである。
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フランスの1948年にこの本は上梓されています。レヴィナス自身はフランス人兵士として従軍し、フランス解放までナチスの収容所で過ごしています。第2次世界大戦後のフランスの「ソルボンヌ」ではない学究のなかで時をすごしています。フランスの戦後の風景のなかに移りこむ自分の姿に厳しいまなざしを注いでもいます。ソルボンヌにはサルトルがいます。サルトルを中心とした風景を浮き彫りにしている可能性は否定できません。

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サルトルの哲学には、何かしら天使的な現在といったものがある。実存の重みはすべて過去に向かって投げ返され、現在の自由はすでに質料を超えて位置づけられている。現在そのもののうちに、そして、その出現の自由にうちに、質料の重みのすべてを認めることによって、同時に、われわれは物質的生活に、〈実存すること〉の匿名性に対するその勝利と、物質的生活がその自由そのものによって結びつけらえている悲劇的な決定性とを認めようとするのである。
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サルトルもまた従軍し、捕虜として終戦を迎えます。サルトルは思想家というよりも作家としての側面の方が強い事実があります。「私が私である」ことに匿名性を持った「孤独の経験」で「社会的体験」を経て、小説や戯曲を書いています。おそらく、レヴィナスはサルトルを遠い存在としては全く捉えていないのだと思われます。
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孤独を主体の質料性ー主体の自己自身への拘束である質料性ーに再び結びつけることによって、われわれは、世界とその世界のなかでのわれわれの実存とが、いかなる意味で、主体が自分自身に対して重みとなっているその重みを乗り越えるための、その質料性を乗り越えるための、すなわち、自己と自我とのあいだのき絆を断ち切るための、主体の基本的な態度となるのか、ということを理解しうるのである。
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前回、ヴァレリーの『テスト氏』との関係性で援用した「孤独」と「位相転換」が世界のなかで「私が私であること」を基盤づける、その足かせとなるものを断ち切るための姿勢になるのだと、レヴィナスは考えているのだと思います。
たまには、哲学もいいでしょ?