新年ですが。実は、昨年からずっと悩んでいる「言葉」があります。
「よせる」あるいは「よせて」です。
ここ数年で聞くことが増えた言葉で、従来の使い方とは当然異なるようです。通常の「寄せる」は近づけるだったり、心を傾けるという意味を持っています。他動詞の時です。自動詞のときには「迫り近づく」、「おしよせる」といった意味を持ちます。
ですが、最近よく使われる「よせる」はもっと複雑なんですよね。
距離を表す意味には違いがないんですが、その「距離感」をみている当事者は客観的な視点を持たないみたいなんです。

SNSで適当に検索をかけると、引用例は結構でてきます。
「~の仕方をよせる遊びは楽しい。」
文章を無理やり作るとこんな感じです。
「Aさんと街に出かけるときの服装、Aさんは〇〇系だから、〇〇系によせるか、逆にあえて、△△系にしてはずすか、迷う。」
間違えていたら、すみません。
端的に言うと、当事者のオリジナルの考え方が欠如している表現とも言えるんですよ。

なにかを学ぶときは、通常、模倣から入るのが通常です。模倣は模倣でしかないので、どこかで自分の独創性が生まれる隙があるんですよ。そして、だんだんと、自分に「よせて」いき、習得をしていくんです。
ただし、他人に「よせる」ことへの、恥ずかしさというのが、無くなってしまうと、自己の確立が遅延しますし(つまり、いつまで経っても考え方が大人にならないという意味です)、自分に「よせる」ときに、模倣の過程という学習期間の自覚がない場合は、結局、模倣の段階から逃れていないということにもなります。また、模倣の段階を見誤り、自分に「よせた」アイディアに固執するのであれば、それは自家撞着にしかなりません。
実は、お正月は映画を観たんです。既に公開済みの映画です。
公開時には、ストーリーが難解すぎるという言葉も散見しましたが、そこまで難解でもなんでもないですよ。SFのタイムマシーンの物語の原型については、あれやこれやと言及されることもありますが。基本的には、H.G. Wellsの『タイム・マシーン』になります。
完全にオマージュだと思います。
東工大の山崎助教は大変だったんだと思います。何かコメントをしなければいけない立場で、まともなことを言及した場合、映画会社のダメ出しにあったのかもしれません。じゃないと、東工大に在籍している研究者のレベルは低いじゃないかということになると思うんですよ。
量子物理学が扱うのは、最小単位の物理量になるので、通常、人の視覚では視認できません。
あらすじも別にむつかしくはないですよ。一回しか観てませんが。
そもそも、公式サイトにあらすじ書いてありますし。

この映画と現在進行形の戦争が全く関係ないのは、主人公がCIAの職員だったということからも明快です。
キエフのオペラハウスでテロ事件が起こるんですが、それは偽のテロ事件で、本当の目的は主人公のリクルートのためです。
“tenet”は、宗教教団の「主義」という意味になりますから、「その言葉の使い方次第で、未来は決まる」んだと思います。
私は、古英語の勉強の機会を自ら選ばなかったという不勉強なひとなので、発音はできません。
Gemyne ðu, mucgwyrt, hwæt þu ameldodest,
Metrical Charm 2: The Nine Herbs Charm
hwæt þu renadest æt Regenmelde.
Una þu hattest, yldost wyrta.
ðu miht wið III and wið XXX,
この詩歌を聞いて、あ、理解できるという人は、ゲルマン神話に詳しいひとになるんでしょうし、聞いても理解できない人には何の役にも立ちません。
”tenet”というからには小さな集団になるんでしょうし。そこは、SFだよなーという部分が満載ですよ。
映画自体は、面白くって、十分に楽しめます。
プルトニウムとか、第3次世界大戦とか、セリフには出てくるんですが、おそらく、編集段階でノーラン監督自身が、ストーリー構成を構築していく際に出会った破綻について撮影のし直しができず(?)、不必要な要素が混入して、ストーリーが一見難解に見えるようになっているだけだと思います。

すべては「未来の人々」が片づけるんです。「未来の人々」しか回答がわからないんです。
古代人のメッセージが解読しにくいというケースの逆のヴァージョンです。突厥文字が解読されるまで時間はかかっています。
物理学のアイディアはさほど入っていません。強いて入っているとしたら、パラレルワールドくらいです。
時間は遅くなるということは科学的には証明済みなんです。ただし、物理学のアイディアで時間が逆行するということは、ないんです。
アインシュタインの「双子のパラドックス」のアイディアでも時間は遅れます。ただ、これは思考実験になります。だって、人は光速で移動できませんし、そんなことしたら、体がバラバラになります。人は光速に耐えらえるように作られていません。
時間が遅くなる原因としては、重力場というアイディアも考えられます。重力が非常に重い場所では時空が歪むんです。ただし、重力が地球の引力以上に重い場所に耐えうるように、人の身体は作られていません。
だから、SFなんです。
プルトニウムは、地球上に存在してきた物質になります。中沢新一先生の『日本の大転換』という新書の引用です。
1972年の9月に、フランス原子力庁がおこなった発表は、じつに驚くべきものであった。原子炉はフェルミたちがはじめてつくったものではなく、すでに17億年ほど前の地球に、天然の素材の状態で存在していた、というのである。この瞬間に、フェルミはイノヴェーターの地位から滑り落ち、それ以後は自然の「イミテーター(模倣者)」としての地位に甘んじなくてはならなくなった。
日本の大転換
おそらく、ノーラン監督はこの事実を知らない可能性もあります。武器商人が出てきますが、アルゴリズムを巡って、主人公と争奪戦になりますよね。アルゴリズムはアラビア表記の数字の問題を解くための演算のことです。基本的には、普通の算数から~数学を指します。英語の場合の “algorithm”は、広義で(問題解決、目標達成への)段階的手順、反復操作を指します。
それがプルトニウムから作られる合理的説明は映画のなかで言及がありません。原子時計も遅れる場合はなくはないですからね。コンピュータ上では、実はうるう秒が採用されなくなるので、時差が出来る可能性はあります。
映画自体はとても面白いんですが。ツッコミどころは満載なんです。
未来において、核廃棄物の主要物質になる可能性が高いプルトニウム241から、人間がそのなかで正常な体の機能を保持できる時空の極度のゆがみが成立し、あらゆる時空を操作でき、想定されうるすべてのパラレルワールドを破壊できる機能をもった物体が生成されるなんて、SFの世界でしかありえません。

大体、敵になる武器商人のひとは、状況に応じては、被爆している可能性も考えられなくはないですし、酷い被爆をした場合、人の命は亡くなってしまうのは、福島第一の事故でも証明済みです。
パラレルワールドのアイディアとしても破綻している場面はあります。キャットは、一度、息子と一緒に離れた、武器商人のセイターの船に単独で戻りますよね。過去のキャットには別の女性として記憶されますが。キャットの時系列上の記憶のなかで、その存在は嫉妬の対象としても描かれ、曖昧模糊としています。ですが、キャットの記憶のなかでは特定の女性を指すようです。

この過去に戻ったキャットと、その時のキャットは、戻る手段であるタイムマシーンがあったとしても、同時に存在し、別のパラレルワールドに回収されなければいけないので、物語としては不備があります。つまり、ラストシーンが破綻しているんです。そのひとが殺されたからといって、キャットがタイムマシーンで戻ったパラレルワールドの彼女の存在が消えるわけではないので。
ノーラン監督は「タイム・マシーン」のアイディアに「よせる」こともできず、中途半端に、「プルトニウム」や「第3次世界大戦」という言葉を使ったために、どこにも「よせる」ことができない、ストーリー構成としてはかなり破綻を抱えた物語を、映像美に「よせる」ことで乗り切ろうとしたのかもしれませんね。
2回も観るかといわれると、観ません。そこまでの深みはないですよ。
ただ、スタルスク12の戦闘場面は見応えがありますよ。戦闘は2つの方向でおこなわれるんです。戦闘を展開する方向性と、戦闘を閉じていく方向性で、プラスマイナスゼロにしていくので、撮影は大変だったんだろうなと思いました。
映画の挿話にも出てきますが、時空の「逆行」自体は、映画編集のなかで生まれやすいアイディアだと思います。
解釈の余地すらありますよ。
例えば、コンビニから買ってきた肉まんは時間が経つと冷めますよね。その冷めた肉まんを元の状態に近づけるべく、レンジを使うと、レンジが肉まんの状態を限りなく、コンビニにあった肉まんの状態に近づけてくれると考えれば、簡単だと思います。

レンジは加熱しかしていませんけれど。
未来の主人公が黒幕なので、過去の自分を手段として物事を解決すればいいだけなんです。
自分のことは自分が一番理解しているはずなので、手段としては手っ取り早いはずです。
核融合に関しては、今後どこまで運用段階にもっていくことが出来るのか不透明ですが。画期的な研究成果はあったそうです。
【ワシントン共同】米ローレンス・リバモア国立研究所は13日、核融合の実験で燃料の容器に投入した分を上回るエネルギーを得ることに成功したと発表した。資源の量にほぼ制約がない水素の同位体などが燃料で、二酸化炭素(CO2)を排出しない新たな電源になる可能性を示した。
あなたの静岡新聞
この情報があったからと言って、ノーラン監督が脚本を書き換えたかというと、そんなことはないと思います。SF映画だからです。
SF映画なんですよ。
