今回の本は、日本の小説です。

三島由紀夫が亡くなって没後50年ということで、知らない間にベジャールにバレエの題材にされていた作品が再演されたりしたそうです。三島さんは能の演目も手掛けたはずなのですが、さすがの三島さんの筆圧でも、能の古典には負けてしまうのかもしれません。

代表作はいくつかありますが。映画にもなった『金閣寺』なんてどうでしょうか?

https://www.shinchosha.co.jp/book/105045/

私が文庫本を買ったときには、税別で552円だったのに、また文庫本が値上がりしてます。

古典作品くらい据え置きのお値段でいいのにとも思うのですが、むつかしいのかもしれません。

実は、私の文庫本のヴァージョンの解説文は以下のような文章からはじまるのです。

 『金閣寺』はニュース・ストオリーの形をとった小説です。昭和二十五年の夏京都の鹿苑寺の有名な金閣が、寺僧の放火によって焼失した事件を素材として、六年後の昭和三十一年に書かれました。

 雑誌「新潮」に一月号から十月号まで連載され、十月末に単行本にまとめられました。

『金閣寺』について

解説文を担当された中村光夫さんによれば、三島さんは当時実際に起こった事件を取材して、その取材をもとに小説を書くということが少なくなかったそうです。『金閣寺』もそのような取材をもとに書きあげられた小説なのです。

NHKの『戦後史証言プロジェクト 日本人は何をめざしてきたか』の連続放送の1本が三島由紀夫を当時取り上げていました。当時はテレビをちゃんと観ていたのでこの放送も観たのです。

そこで驚いたことがありました。

三島さんは金閣寺に火を放った修行中のお坊さんに会いに刑務所を訪れたようです。ただ、放火したお坊さんは心身ともに限界点を超えていたようで、三島さんは、お坊さんに会っても何も得るものがなかったそうです。

「金閣寺放火事件」を描くのに、当の犯人のお坊さんに三島さんの取材に応じる能力がどうやらなかったのかもしれません。よくわかりません。

なので、三島さんは「金閣寺放火事件」の真相が全く五里霧中のなかから取材をしなければいけなかったのだと思います。

つまり、金閣寺に火を放ったお坊さんは実際にいて後に獄死してしまうのですが(wikipediaだと釈放されたのちに病死になっています)、そのお坊さんと別の主人公をゼロからつくり上げたのです。

小説家って大変ですね。

京都新聞に実際の「金閣寺放火事件」についての記事がそっと掲載されています。読みました。

本当の犯人は、実はお勉強ができたそうです。体格もよく柔道も身につけていたそうです。自分より若いお弟子さんの面倒見もよかったそうなんです。

三島さんが描き出した主人公とは別人のようです。

事件だけは実際にあって、ただその事件の真相は闇の中で、つまり空無のなかから、三島さんは『金閣寺』を書きあげたのです。

小説を読むと、なんて几帳面なひとなんだろうといつも思うのですが。

三島さんは几帳面です。

この小説は一人称で書かれています。主人公は、金閣寺を燃やした修行僧なのです。ただ、一人称のなかで、戦前のかなり老朽化した金閣寺(現在の金閣寺は再建されたものです。当時はあそこまで、金色に輝いていたわけでは全くなかったそうです)の中に美を見出しながらも、その空無の美と現実の金閣寺の老朽して朽ちている状況を、一人称のなかに詰め込んでいたので、はじめて読んだときは変な小説だなぁーと思ったものでした。

NHKの特集をみて、そうかぁー、三島さんはゼロの時点から小説を立ち上げたから、細かなところで齟齬が出てしまったんだなぁーと気づいたのです。

いくら几帳面な三島さんでも、あの筆圧でもこなせない部分は出てきますよ。だって小説ですからね。

かなり読み応えのある小説です。気が向いたらどうぞ。

三島さんの昔の映像もNHKで観たことがあります。ノーベル賞を川端康成さんが受賞することがきまった翌日に、急遽、NHKが川端さんにインタビューする番組なのですが、当時のNHKのひとでも、川端さんの相手は無理なので、三島さんが間に入って、ほとんど番組を仕切るようにして、そつなく番組を終わらせていました。当時のNHKのひとの的外れな質問を、そっと拾い上げては回収していく三島さんは、すごいなぁーっと思ったことがあります。三島作品は結構読んでます。結構何でも読むんですよ。軽い読み物としての小説は一切買わないですけれど。市川崑監督が、後に『炎上』という作品として映画化をしていますが、三島さんは当時の取材ノートをちゃんと制作スタッフに貸していたそうです。三島さんって、面倒見がいいんでしょうね。

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