最近の日本の識者と呼ばれる皆さんは本を「積む」ために手元に置いたりするそうです。
「積んで」読まずに放置するだけなので、「積読」と呼ぶそうです。
読んでもないのに、変なのって思いますが。
読んでから次の本を購入した方が、経済的だと思うんですが。私が間違っているのでしょうか?
献本されたのに、読まずに置いておくというのは、先方に失礼だとは思います。

読まれないまま積んでおかれるだけの本って、意味がないですし、著者への敬意が感じられませんよね。
出来たら読んでほしいなと思う本を紹介したいと思います。Kindle unlimitedの方にはお得なんですよ。
私は現在、Kindleに関しては精査中なのです。権利がない方は、ワンコイン+200円弱で購入できるそうです。残念ながら、光文社新書は重版をかけなかったそうです。内容がいいのに、池内先生の著作なのに。
現代の各出版社の編集者がどれだけ本を読みこなせないかの証左になると思います。

え?カフカ?あの難解な?と怪訝な表情を浮かべなくても大丈夫なんですよ。
「はじめに」で池内先生が次のようにお書きになっておられます。
「外国語を習うとき、初級・中級・上級といったクラス分けがされる。初級はイロハから、中級はちょっとアイマイだが、いちおう基礎的な知識をもつ人向き、上級はしかるべきテキストを読む。
私自身、ながらくドイツ語を教えたので、よくわかるが、教える側からいうと、初級がいちばん難しく、中級はまあまあで、上級がもっともやさしい。しかるべきテキストを購読するなど何でもない。中級程度は、ときおり手がかかるが、これも大したことはない。初級には手を焼く。思案したり、頭を抱えたりの連続で、いろいろ工夫をこらさなくてはならない。
『となりのカフカ』はカフカ初級クラスにあたる。カフカという作家、またカフカの小説はまだ何も知らない。しかし、名前は聞いたことがあり、顔写真のようなものを見たこともあって、難しい小説を書いたといったことは、なんとなくイメージにある。
そんな人のための本である。
『となりのカフカ』
個人的には、この新書を絶版に追い込む光文社新書のレベルを疑うんですよ。池内先生は亡くなられてしまいましたが。この本はカフカをこれから読む人にとってはとても素晴らしい道しるべになっているからです。
池内先生の専門がドイツ文学なんですね。最終的には東京大学をお辞めになったんですが。実際、カフカの翻訳もありますし、光文社新書ってどんな基準を持っているのか正直判りません。
私はこの新書はもっています。
ここからはじめるカフカでいいんだとおもいますよ。

冬にプラハに行って、こんな出会いになってもいいのかもしれませんが、その前にどんな人か知っておきたいでしょ?
おすすめは短編集です。

翻訳は池内先生です。とても素敵な短編集になっています。よかったら、読んでみてくださいね。
「はじめに」の池内先生の言葉は心に響くんですよ。理由は私が途中で何度も挫折しているフランス語の勉強なんですが。いつでも発話がだめなんです。毎回、発音記号から頑張っているんですが。初級の文章が音読できなくって手を焼いています。15行ぐらいしかないのに。発音を滑らかにできるようになるまで、一週間以上かかるんです。その間に、文法事項を押さえて、テクストの文章を英訳して、それを見ながらもとのフランス語の文章に起こすこともやっているんですが。発音で詰まるんです。英語なまりのフランス語になるんです。情けないを通り越しています。ぼぉーっと勉強をしているとスペルミスをやってしまったり。随分以前に学校の先輩が、フランス語は楽だよ、抽象名詞に関しては英語に似てるし、英語に似てる部分を割り出して、違う部分、動詞の活用なんか全部暗記していけばいいだけなんだからって聞かされて、実際に勉強して、先輩と私とでは出来が違うんだと当時も思ったんですが。いまも同じ思いをしています。発音が本当にむつかしいんですっ。英語の発音で訛ることに関しては、本当に恥ずかしいです。英語の学習でも内容をきちんと理解して文章を読んでいるのと、内容を理解しないで素読しているのでは、明確に違いが出ます。声に出して読むって語学の理解については基本の「キ」になります。ドイツ語ですか?フランス語も無理な状況なので手出しなんて出来ませんよ。単語集も持っていて、とても気に入っているんですが、もう一冊買おうと思ったときには、単語集なのに、Amazonで古書扱いで既に一万円越えだったんです。現在では扱いすらないです。マーカー引きまくっているので、当時は勉強したのに、よくここまできれいに忘れるよなぁーっと自分に飽きれるしかありません。簡単なものは何を言っているのか理解することもできるんですが。私が発音できないんです。語学学習としてのていをなしていないという。La dictéeは、フランス語学習の基本なんですが、それ以上に自分が発音が出来ないともっと意味がないんです。毎日、発音記号との戦いですよ。そんなに長時間、勉強していませんよ。挫折しては、間をおいて、勉強しなおしているので、私には学習機能が備わっていないのではないだろうかと毎回落ち込んでいます。