画像は絶滅してしまったドードーという鳥ですが。
勉強していてお得なことはあるのだろうかと思うんですが。
教育の質にはよるだろうなと思います。

魔法がとけたシンデレラ、灰かぶり姫をどう解釈しますか?
教育を受けていると、このペローの童話集の説話は、普遍性があることに気づけます。
童話を解体して記号化してる研究書を読むことにもなりますし。
日本では、御伽草子にある「鉢かつぎ姫」という物語があり、この種の童話には普遍性があるのかもしれないという視点を持つことができます。

鉢かづき姫の物語/寝屋川市 (city.neyagawa.osaka.jp)
基礎の勉強量って、基礎の文献の読書量ありきになります。
つまり、視点に関しては複数持つことはできるので、心理の造語である「伝染」に感染することもないんです。
「伝染」については、読み解き方の方向性を変えることで、それは勘違いだよって視点を付与することができます。心理の伝染については、正しい言葉では「情動感染」あるいは、「感情伝染」になります。
脳自体が器官として感じることはありえませんが。
行動として「逃げるように走っている」ように見えるからといって、「恐怖」を感じて「逃げるように走っている」わけではないのは自明です。
他者の様子をみて、それを自分の主観的感情で解釈しているだけです。
自分の主観的感情について、面倒をみることは出来るのは自分だけです。
あ、もしかすると勘違いかもしれないという疑義を常に自分の主観的な感情に対してもっておくということは、案外大事なことなのです。
シンデレラという物語と鉢かつぎ姫にはこのような構造的な類型がみられる、くらいでいいんですよ。
世界には似たような物語がたくさんあるなぁーという視点に辿り着けます。
自分だけの悲劇だと、単なる被害妄想で終わりそうですが。私の身に起こったことは他者の身にも起こったことなのかもしれないと思うと、立場の違いはあるにせよ。そこで思考をする余地ができるので、「伝染」は起きなくて済むんです。感情が先走りするので「伝染」になるんです。えーっと、ちょっと待って、という姿勢をもって、どういう状況なんだろうと鑑みると「情動伝染」は自分の手前で、ぷっつりと途絶えるんですよ。