読まないよりも、読んでおいた方がいいような気がしました。
東北の歴史と地政学は、北陸の歴史と地政学とはまた別になります。
あくまで、東北の時はどうだったかなという記憶を想起するためにです。
現在、起こっている災害とは別になるので。

筑摩書房 建築の大転換 増補版 / 伊東 豊雄 著, 中沢 新一 著 (chikumashobo.co.jp)
時代も異なるので、アイディアをそのまま移築することはできませんし。
ただ、あの時どうだっただろうという振り返りにはなると思います。
1,000円でお釣りが来ますし、中沢先生は信頼できる先生でもありますし、たまにえ?ってなる時もありますけど。
あの時はどうだったんだろうというのを、概観として振り返るって大事だと思います。
ただし、東日本大震災だけがテーマに据えられるわけではないので、そこはいろんな視点を学ぶことが出来ると思います。伊東先生は日本が誇る建築家でもあるからです。
伊東先生と中沢先生の対談の形式になっています。

仙台に住んでらっしゃる方はせんだいメディアテークという建物をご存じたと思います。私は伺ったことはないのですが。せんだいメディアテークを建築なさったのが、伊東先生です。
新国立の当時の話から、被災当時のせんだいメディアテークの話から、伊東先生という建築家のフィルターを通して、縄文時代にさかのぼる日本の地政学の根幹部分を思想学者として、やや速足でどんどんと喝破していく中沢先生なのですが、伊東先生がいらっしゃることで、スピードそのものがゆるやかになります。

自分が知見出来る範囲外で物事というのは決まっていくもので、それでも住んでいる土地の歴史と断絶させると碌な結果を生まないんです。欧州だと客観的、或いは客観というものを、きちんと概念化していく手続きをさぼらない学術文化が根を張っている地域になりますが、日本だとそこがむつかしいんです。発話としての言語がとても弱い言語に日本語自体がなっているので、欧州の言語のタフさはないんです。
また、日本の建築物というのは、欧州の建築物と根本的に違うところがあったり、それをかなり広い視野にだってお二人の先生が語っておられます。
日本は天災が多い国だからと、目の前の辛いことに近視眼的にならずに済むんですよ。
中沢先生のタフネスというのは、かなり古いチベットの仏教を学んだ上でいろんな宗教思想に明るく、一方で欧州の哲学や様々な美術などにも明るいという二つの、一見別方向にみえる軸を、先生の思考のなかで結びあう刻み目のようなもののなかで新しい視点を得るんですね。先生の思想のなかで、違う層として切り取っていくその作業になるんです。別に見える軸が互いに絡まったりして見たことない景色がみえたりもするんです。
振り返ってみるという作業は、個人的には必要だと思って、お正月あけてから再読していましたが。
できたら、読んでみてください。
残念ながら、Kindleにはなっていませんが。

分厚い本ではないんですが、中身は濃いです。
対談集ですし、論考ではないので、とっつきやすくはあると思います。
私は再読してよかったなと思いました。
珍しく熱く語っていますよね。熱いでしょうか?そうでもないかもしれませんが。
中沢先生はどうしても先にどんどん走りながら思考展開なさっていくので、いまの段階だと、まだ先生の思考の流れに社会構造が追い付きませんというところもありますが。欧州の河川などで緑を戻した方が景観がよろしいし、人にとってもいいという迂闊な考えは、多分、中沢先生には通用しないんですよ。災害と共に生きるためにはというところと、元々どんな土地の歴史があったんだろう、土地の歴史と背反することを押しつけては良くないという理性があるんです。回答の出ない問いってあるんですよ。住む場所をどうしたらいいのかというのは災害があるたびに回答のない問いになり、それは回答のないままになります。本当にむつかしい問いになります。こうやったら、効率的という問題でもなく、少しでも、回答に近づける準備はできないだろうかと思ったりもします。私の災害の時の緊急のバックには食べ物は入れていません。何か起こった時に、身のまわりですぐ動けるようにはしていますが。ベッド周りに必要なものを置いてあります。スマホもいざとなった時の充電器も置いてあります。いざとなった時のウォークマンも置いてあります。同じ場所に10年間置いてありますが。手荷物の中身は結局最低限にしています。国の災害支援というのはいつでも貧困で、プライバシーはないですし、何も届かないという状況になります。20年くらい状況の変化はないんです。そして、内閣府というところは海外に信じられない金額のお金をバラまくだけ、バラまいて、いざとなったとき、日本人を助けません。日本で暮らすいろんな国のひとのことを助けないんです。政府の制度設計が時代と齟齬をきたしているんだろうなと思います。少なくとも内閣府はもう必要ないと思います。安倍政権で突然できただけの場所ですから。省庁で実務をする人々の首根っこを捕まえて忖度させるためだけの場所は必要ありません。