誤解もある読書について。

子供の頃によく読んでいたのは、当然ですが、文庫本です。

当時は文庫本というのは、ワンコイン前後の価格帯だったようで。子供の手には届きやすかったんですね。

学校の図書館の本で読みたい本が少なくなっていくと、段々と本屋さんで文庫本を買うようになったんです。

子供なので興味本位で本を買うんですよ。ジャケ買いもしました。アルバムではなく、文庫本です。

当時、一般的には埋もれた作家扱いの小説家の本が、文庫本で突如現れるという現象(?)もあったんです。子供には埋もれた作家と埋もれていない作家の区別すらつかないわけです。

表紙がいいというそれだけの理由で本を買い読んでいました。

子供の時に好んで読んではいたんですが。気がつかなかったことが結構あったんです。日本の作家には男性も女性も恋愛対象にしますよという作家もいるんですが、子供にそこまでのことはわかりませんから、無知のままに読んでいたりします。

誰のことだと思いますか?

稲垣足穂のことです。

文庫本のあとがきは高橋睦郎さんで、「私がタルホの名を見かけた最初はもう数年早く、十代の終わりごろである」と書かれているのですが。

出会いは個体差ですから。普通に本屋さんの文庫で積んであったんですよ。しょうがありません。

順番に購入していた記憶があるんですが。ランダムだったのかもしれません。同じ本屋さんで『少年愛の美学』の文庫を見かけたときに、あれ、もしかして、私が苦手なジャンルの本も書く作家なのかもしれないと思って購入を途中で止めた形跡があるんです。

持っている文庫を読み直すと、多分読んだんだろうけど、当時の私の知性では読みこなせていなかったんだろうなという部分も結構あります。子供の知性には限界があります。

子供の時から本はやみくもに読んでいますが、真意を理解して読書をしてきたのかと問われると自信がないです。

女性の権利主張を頑張るみなさんからは袋叩きにされそうな内容も書かれてありますし。

ただ、当時の時代性みたいなものを軽やかにささっとした筆致で書いてあるエッセイもあり、美少年の扱いについては、当時の私には、皆目見当がついていなかったんだろうなとも思います。

私は子供でも性別が異なり、子供ながらに男子のくせに美しいってあり得へんし、男子って大体、雑やんかという現実に日々接していたので、昔の作家は現実的では全くないところに勝手に美しさを見出して、適当に現を抜かしていたのかもくらいの認識で本を読んでいたんだと思います。

子供なりの正義感ってあったのかもしれませんね。

性別も異なれば、対象とされた場合に自分で許容できるセクシュアリティの範囲も平凡なので(調べていると概念として想像すらつかないものも存在します)、真意を理解できているかといわれると、どうでしょうか?という応えしかありませんが。持っている文庫ひとつひとつには、あ、このエッセイが好きだから残してあるんだとか、この作品群に夢中になっていたから残してあるんだというものがあって。あ、芥川龍之介さんがまた身も蓋もないことを言っているとか、いろいろです。稲垣足穂ならではの軽やかな筆致の作品というのがあるんですよ。あれが好きなんだろうなって思います。「美少年」という感覚は子供の私には(実は大人の私でも)理解の範疇外なんですよ。少年って、子供の男子ってことですし、お互いにケンカしたりもするじゃないですか。殴られたら、殴り返せですし。泣いた方が負けですからね。そういう世界観にいた経験値からすると「美少年」なんて大人の創作物でしかないんちゃうんか?という感想しかないんですよ。子供には、子供の現実というものがあるので。それらは、大人の価値観や世界観の範囲の外になるんです。

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