東日本大震災が起こった時に、ほぼ直観のように感じて恐怖したことがありました。言葉がなくなるかもしれないという直観だったのです。いろんなひとが当時混乱していたと思いますが。私もそのひとりだったのです。
とにかく、そういう時に当時頼りになったのは、中沢新一先生でした。その気力が中沢先生におありになったのだと思います。最近は中沢先生のご活躍をフォローはしていないので。そのうち、あ、読みたいっという新刊が出れば読みたいなと思っています。
当時、駅の構内の本屋さんにたまたま平積みしてあったこの本を読んで、気持ちを落ち着けました。

現在はKindleでも読めるようになっているそうです。中沢先生が沈思黙考しながら書いた本ではありません。緊急措置的に本書を書き下ろされています。当時、明確であり確実な説得力をもった論考が、言葉がそこに存在していると感じて、とても安心したことを覚えています。だだ、当時抱いた危機感というは、10年間の間に本当になってしまったのです。
数年前に自分の先生にお会いした折に雑談をしながら、あ、〇〇先生、本を上梓なさったんですねと先生の本棚を見ながら申し上げると、あ、〇〇さんね、編集者にもっとわかりやすく書いてくださいって言われたそうだよ、とおっしゃられて。それで凄く悩んだのです。
つまり、日本の修辞が段違いそのレベルを落としていく過程を、この10年で読者としては経験をしてきたことになります。
別の先生の講演会に参加した折には、最近、文学というタイトルを編集者の方が積極的に却下してしまうという悲しいお話も聞きました。
なので、新刊を段々買わなくなったのです。芥川賞作品も読まなくなって久しいのです。
それでも、文庫は頑張っています。まだ買っていませんがフーコーの代表作まで新訳で文庫化されています。

私が読んだのは以前の翻訳なのですが。今度勇気を出して買ってみようかなと思っています。フーコーって一時期断片化されたテクストがまとまって何冊か翻訳で文庫化されたくらいで、まさか代表作が文庫になるなんて思わなかったのです。
以前の翻訳の引用文になるのかもしれませんが、『知の考古学』でフーコーは以下のように言及しています(有名な箇所になります)。
「独創性と凡庸性との対立は、それゆえに有効なものではない。最初の定式化と、何年も何世紀も後にこれを、多かれ少なかれ正確に繰り返す文章とのあいだに〔考古学的な記述は〕いかなる価値の階層化も設けないし、根本的な区別も設けない。それはただ言表の規則性を確立しようとするのである。」
上記の文章は、ジル・ドゥルーズがフーコーが亡くなった後に、自分とフーコーを突き合わせて、フーコーを読み解いている『フーコー』からの引用です。河出書房の文庫って頑張っているんですよ。
私が言及しても拙くなるだけなので、ドゥルーズの視野を借ります。「フーコーは、言説的な言表と非言説的なものとのあいだには言説的な諸関係がある、という。しかし、彼は決して非言説的なものが一つの言表に還元できるとか、これが単なる残滓あるいは幻想である、とはいわない。優先性の問題は本質的である。言表は優先性をもっている。それがなぜか、私たちは考えてみよう。しかし、優先性は決して還元を意味しなかった。フーコーの著作のいたるところで、可視性は還元不可能なままに留まることだろう。可視性は言表の能動に関わりながら、一つの受動を形成すると思われるからなおのこと還元不可能なのだ」
言表をわかりやすくパラフレーズすることは、本来困難な作業です。
例えば、こういう言い方をしてみます。とあるところで見つけた標語です。
顔色 目の色 声の色 みつめて分かる心の色
心に色ってあるのでしょうか?色があったほうがお互いの意思疎通がしやすいという場合はあります。「黄色い声」という表現もあれば、「青ざめた顔」という表現もありますし、その修辞で使われた場合、色は形容詞の意味を帯びます。日本語ではそうです。
黄色いは、甲高い声をさし、女性や子供の声についての形容詞になりますし、青ざめたは、衰弱や恐怖や衝撃によって変わった表情のことをさす形容詞になります。
ただ、この「黄色い声」または、「青ざめた顔」がひとの言葉として発せられるときには、そこに文脈というものがくっついてきます。表現というある程度一般化される文脈の場合、そこには解釈が必ずくっついてきます。
この標語を読んで思うことは、ひとによって違ってくるはずです。受け止めるときの心の状態によっても違ってきます。つまり、「きっと、こういう意味に違いない」と受け止めるときの可視性は、あらゆる文脈の生成を含むので、ひとつの意味には還元ができないのです。
ひとつの例示をしただけですが。『知の考古学』って読まれるべき本だと思っています。
ジル・ドゥルーズは河出文庫の『フーコー』からの引用です。標語は関西電力からの引用です。みすず書房は、岩波文庫と提携とか組めないのでしょうか?みすず書房でほしい本はあるのですが値段が高いのです。メルロ=ポンティの文庫化を待っています。文庫化されませんかね。メルロ=ポンティ。