わたしは、個人的には偶然って案外大事な視点だなと思っています。
元々、そこまでSocial Mediaに耽溺しないタイプの人間だからかもしれません。
Social Mediaに耽溺してしまうと、どうしても自他の線引きがあいまいになりそうな気持ちが少しだけします。
では、近所のカフェの風景はどうでしょうか?

みんな、バラバラでしょ?
個々の世界観のなかで、個々の過ごし方をしているはずです。してますよね。
あなたと私は全く別の世界観をもっていて、全く別の価値観のなかで、それぞれの時間をすごしているはずです。
それでいいはずですし。
お互いに偶然に移りこんでしまった何かでちょうどいいんだと思います。

それくらいの「偶然」って案外大事になるんだろうなって気がします。
任意の誰かが見上げている空と、私が見上げている空はどこかでつながっているはずだけど。
完全に同じではないという事象と一緒です。
子供の頃に、お天気の境目に偶然行き会わせたことがあります。

道を歩いていると、10メートルぐらい先で雨が降っています。
私の歩いている空間ではお天気なんですよ。
慌てて、空を見上げて雲の流れをみると、私が歩く方向と90度に近い角度で、平行して雲が動いているんです。
10メートル先の雨に気づくまで知らなかったことです。
え?って驚きました。
違う道を選んだとしても、私は少し遠くで降っている雨から逃げられないという事なのだろうかと立ち止まってしまいました。

傘をもっていないのに。
そして、再び、冷静になって空を見上げると、どうやら雨雲の切れ目にいたようで、重い雲の残骸が段々と横に流れていくんですよ。
だって、10メートル手前は晴れてますからね。
ちょうど雨雲の残りが移動をしていくというときに居合わせたみたいなんです。
私は、夕立のような雨を降らせる雨雲の流れる端の方で、手前でじっと立っていただけなんです。
いままでお天気だったところの視界10メートル先が雨という事は、雨を降らせている雲が消える手前にいたということなんです。
冷静に考えると、そういうことです。
視界としては変な光景でしたけど。

10メートル前の道では、雨が降っていて、しばらくすると止むという。
それぐらいの「偶然」って案外沢山身のまわりにありそうですよね。
それくらいでいいんだと思います。
だから、論理学以外の必然性ってあまり興味が無いんだと思います。だから、オカルトとか宗教って苦手なんだろうなって思います。偶然の重なりで勘違いしているだけかもしれませんしね。これは運命だなんて、大抵勘違いですから。