お化けよりも、こわいもの。

幽霊が~というお話は日本にも沢山あります。ただ、幽霊が見える状態というのは存在しえないのが現実です。

すいません。現実的なことを言ってしまって。

「幽霊が見える状態」を端的に説明すると次のようになります。

1.「幽霊」(日本だと成仏ができなくって彷徨っている霊などという文脈に置き換えることができます)という存在がそこにあり得ると、みんなが容易く信じてしまう文化圏に住んでいる(成仏なので、仏教圏の下地は必要ですね)。

2.薄いシーツの裏に隠れているだけなのに、あ、幽霊かもしれないと、平気で想像力をたくましく出来る共通の文脈(端的にいうと言語になります)が、たち現れる文化圏をいろんなひとと共有できている(日本だとありがちです)。

3.存在しえないものに関して、現実に存在する産業がダメージを受けたりもする(不動産の事故物件のようなケースです。幽霊という概念が存在しないと成立しません)。

4.「幽霊」という存在が実際に存在する可能性があるに違いないという、間違った概念を、みんながごく普通に共有してしまってる状況があり、尚且つ、とある小さな集団が「幽霊がみえた状態」を共有するというのは、直截にいえば、精神医療の用語で「集団的」に「乖離性障害の状態に陥ってしまっている」という現実に、みんなが気づけない、知識不足のハードルが高すぎる。

ちょっと、話がむつかしい方向にいっているので、ここまでにして。

以上のことをさらに分かりやすく言い換えると、こうなります。


1. ヒトは古今東西、なぜか「幽霊」の存在を信じる文化的文脈を保持している。

ただし、文化的文脈のなかでしか存在しえない「幽霊」が存在しえるかというと、現実には存在しえない。

2. 「幽霊が見えた」という人は、精神医療の用語でいうならば、「ヒステリー」の状態にあって、その間、平常の心理状態を形成できていない。

なので、「幽霊が見える」というひとが、本来お世話にならなければいけないのは、病院の精神科になる。


という現実が本当のリアリティーです。

ちなみに、私が怖いのは「お化け屋敷」です。みんなが本気で怖がらせようと工夫を凝らしているので、かなり苦手です。

「あなたは、幽霊の存在を信じますか?」と尋ねられた場合、「信じません」と正直に応えたうえで、治療を勧めるべきか悩む派です。

すいません。だってそれが現実だからです。実は宗教という存在が幽霊という概念を派生させるのは古今東西、一緒なのです。なので、幽霊という概念はなぜか普遍的なのです。存在なんて不可能なんですけれどね。シャーロック・ホームズの生みの親である、サー・アーサー・コナン・ドイルは、晩年なぜか心霊にハマってしまうんです。捏造された妖精の写真の擁護を必死になっておこなっています。ちょっと気の毒です。事故物件で不動産屋さんが本気で困っているのは先進国でも日本だけかもしれません。日本の精神医療の基盤は弱いのです。案外、宗教と容易く結びつきを持ちたがるので、研究医が自分のヒステリーに気付けない盲点を持っている場合が少なくないので厄介なのです。困りますよね。心理的な錯誤状態に陥ることは基盤の教育の強度があるので、まず無理です。わたしは非常識ととても相性が悪いのです。Twitterで軽い錯誤状態に陥っている研究医に出会うことは多々ありますよ。

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