例えば、幸宏さんの音楽を最近少し聴いているけれど、幸宏さんの音楽ってむつかしそうって感じる人もいるかもしれないじゃないですか。世の中はひろいですから。
わたし個人としては、追悼企画として音楽誌が幸宏さんのインタビューを再編纂したものなどは一切購入をしていません。
理由は、”posthumous”の雑誌になるので、幸宏さんのチェックはゼロなわけですよ。
だから購入をしていません。

物心ついたときから幸宏さんで育っていると、なにがお好きか、なにがお嫌いかというのは、正直わかります。だって、幸宏さんがお嫌いなものを、いいですねなんて評価できないからです。幸宏さんは実は厳しいんですよ。
おすすめの新書があります。
PHP新書から出ている『心に訊く音楽、心に効く音楽』です。おそらく音楽評論家の天辰保文さんが幸宏さんと時間をかけてお話をなさったのを基本にして、本になっているんだと思います。
この本はおすすめです。本が苦手というかたにも読み易い内容になっていますよ。
最近、夜に読み直していたんですが。
あ、幸宏さんの教育だったんだって気づいたものがありました。

引用をします。
例えば、最近だと、春になるとお決まりのように、いわゆる狙いを定めて桜を題材にした歌、卒業を題材にした曲が発売されます。そういうものに、エモーショナルなものを一切感じない。つまり、そういう音楽こそ、無機質だということです。
『心に訊く音楽、心に効く音楽』
わたしがタイアップの楽曲や上記のような音楽を無意識に避けがちというのは、幸宏さんの教育があったからなんだと気づいたんです。
任意のバンドの楽曲を無作為に聴くじゃないですか?本来のそのバンドの楽曲とちょっと離れているような気がする、おそらくこれはコマーシャルな楽曲なんだろうなって思う勘みたいなものは、外れた試しがないです。
大体、似通ってくるんですよ。構成とか。バンドは関係ないんです。
狙いがあるので、そのターゲットにあてて楽曲が組み立てられるんですね。物産展の商品みたいに。
独特の野暮ったさがあるんですよ。

いつもはいい楽曲を作るバンドなのに、セールス目的になるとここまで質が落ちるんだというのが正直理解できます。
なんだかそういう楽曲ばかりというバンドや音楽家だと、聴かなくなります。
理由はつまらないからです。
興味をひかれないからです。
セールス目的の楽曲のコンピレーションアルバムとか作ると大体、似たような展開の楽曲が集まるんじゃないのかな?って思っています。導入部があって、ここで盛り上げて、ここで自己陶酔して、ここで転調して、後ろ髪をひかれるような楽曲の終わり方や断定を突きつけるような楽曲の終わり方など一連のパタンは大体数種類だから、そこから選ぶという感じです。最初と盛り上がる箇所と転調と終わり方で、野暮ったさを狙わないといけないので、パタン化できると思っています。作っているバンドや音楽家が意識してなくても、パタン化できますよ。あれは。
そう考えると無機質というのはその通りだなって思います。
いろんなお話があって、本自体は、本当に勉強になりますよ。
イングランドにライヴにいらしたのがサディスティック・ミカ・バンドで、1975年くらいで、WikipediaによるとRoxy Musicのサポートアクトだそうです。Wembley Arenaで演奏なさったそうです。まったく想像がつかないんですが。
幸宏さんにかかると、英国のMackintoshも正しい情報として理解できるという。
すごいですよね。
洋服の着こなし方まで、教えていただけるという。もちろん、男性の方へのメッセージだと思います。