普段着の三島由紀夫さん

随分以前になりますが。本屋さんに出かけた折に、え?という体験をしました。三島由紀夫さんの『文学的人生論』が文庫化されていたのです。

光文社の知恵の森文庫というところから出版されたのです。しかもせっかく文庫化したのにすでに絶版です。

絶版になりそうな出版社が版権を買うとこういうことになってしまうんでしょうね。幸い、私は文庫の初版本を購入しました。知恵の森文庫のセレクションのなかで当時でもかなり浮いていたんです。

救わなければって思いつつ、なんでこんなことになっているんだろうと、なぞなぞな気持ちにもなったものです。河出書房で出版されたと奥付で確認を取り、河出書房が版権持ってるんだから、河出書房で文庫出せばいいのに、奇妙なセレクションの中に放り込まれている感じの三島さんの本が、とても気の毒になりました。本来ならば、これを電子書籍化するべきなのにって思ってますよ。

三島さんは煙草を吸っています。今の時代に生きてたら、持ち前の粘りづよさで禁煙なさってると思いますよ。

普段着の三島さんが佇んでいる本になります。

随筆集のようなものになるので、三島さんは気恥ずかしかったのかもしれません。最初に不可思議な短編が書かれています。小説家なんですよ。文学批評家ではありませんからねという意味の短編なのだと思います。

三島さんは実は戦中派にカテゴライズされてもおかしくはないのです。処女作の『花ざかりの森』は太平洋戦争末期に出版されているからです。

4部構成になっていて、1部は短編と(短編小説1本だけです)随筆の構成、2部は書評集、3部は演劇を巡る随筆、4部は旅行記です。

「新古典派」では小説家の姿勢にも触れられています。大岡正平の『俘虜記』をひきながら、そこに戦後の文体の本質を読み解いています。

引用してみます。「作家の目というものは、実は目それ自体がメチエなのであり、従って言葉なのである。ものを見ようとするとき、小説家は、猫が毬にとびかかろうとして身構えするように、自分の目を、すなわち自分の言葉を調整する。このたえざるスポーツのために言葉の機能はいちじるしく禁欲的になる。また言葉が普遍性をもつ唯一の道はその意味内容が明確に限定されつつ普遍性を持つことである」この文章の後に、エッセンスが示されるのですが、そこは省略しておきます。

せっかく文庫になったのに絶版になっている意味がわからない本なのです。

最近では「戦後」を勝手に三島さんの背中に背負わせてしまうのが流行しているようですが。日本文学ってそんなにやわなものではないんですよ。

やわなものに成り下がったのはここ15年くらいの間です。急激に劣化していったんです。文体が自家撞着という小説も最近では増えているそうです。私は読みませんが。

1954年には、三島さんの扱われ方というのは、全く違っていたようです。「左翼系の某誌」(私は知りません)が三島さんを「ファッシスト」と蔑視していたそうです。三島さんによれば、当時の風潮としては、左翼の皆さん(戦後ですから、揺れ幅の大きな時代で、右翼も左翼もごたまぜたったようです。それは今の時代でも変化はないようですが)は「ファッシスト」と呼ぶことを最大の悪口だと思っていたそうです。三島さんはわざわざ答案用紙まで出しています。パーム・ダットは未読なのでわからないのですが、「ファッシズムとは、窮地に追い詰められた資本主義の最後の自己救済なのだというのである」と三島さんは書いています。

私はこの解答用紙に赤を入れることだってできます。三島さんの知らない未来にある新自由主義ってファッシズムって呼称されてもおかしくない概念だと思ったりもするんですよ。三島さんは知らないでしょーって。「社会民主々義者たちの裏切りによって、革命が挫折する。その好機を狙って、ファッシストが資本家の後援によって登場し反共テロを開始、一方、社会主義的偽装によって民心をとらえる。そして一旦政権を掌握すると、社会主義的理念は名のみにとどまり、独占資本の後盾になり、今までの無思想の暴力行為に、神秘主義的なファッシズム哲学を以て、事後の理論づけを行う、というのである。」ダットのアイディアを三島さんがまとめるとこうなるのだそうです。

「社会民主々義者たち」を「新自由主義者たち」に入れ替えて、「革命」を「覇権」に置き換え、「反共テロ」と「ニューリベラリズム」に置き換え、「社会主義理念」を「新自由主義理念」に置き換えると、なんだか成立しそうな感じもします。だって、どちらも社会保障の話になるからです。

1954年を2021年に置き換えて読み込むことも可能な本になっていますよ。

書評というのは、基本的に読者がその本を読みたくなるような気持ちにするように書くものなので、もちろん嘘が混入している場合もあります。あー、褒め殺しにしてるーっとか、普通にありますよ。三島さんなのに、いじわるーっていうところももちろんありますよ。でも、やはり三島さんなので、ジイドに説教をしていたりもします。ジイトの『背徳者』の翻訳を書評するのに、「懺悔をする者は容易に吃る。この吃り方を正当化してはならない。芸術家としてのジイドはこうした点に最も敏感な筈である。ところが意識しつくした果てになお出てくる吃りは、故意に放置するのをよしとするような精神がジイドにはある。これが私の癪にさわる。小説家には自分の気のつかない悪癖が一つくらいなければならぬ」って怒ってしまうのです。悔いるときに、思わず口ごもってしまう登場人物の描き方に抒情性が垣間見られてよくないって怒るんです。そういうところに敏感なはずのジッドなのに、書き手として主体的にそれを認めてしまっていて、それではダメって怒るんです。

容赦がありません。

三島さんって普段着になると、更に三島さんになるんだなぁーって思いました。几帳面なんです。三島さんって。

ちょっとうらやましいなぁーというところもあります。折口信夫をペイターになぞらえると日本ペイター学会の人に怒られちゃいますよって思いながら、「資質上、笑いの面にはうとい方のように思っていた私は、ある年、戸板康二氏の出版記念会で、折口氏の石切梶原のパロデイの仁転加に爆笑を禁じ得ず、改めて氏の生い立ちの中に、洒脱闊達な上方文芸の伝統のあることを痛感して一驚を喫したのであった」1953年に書いてあるのです。「石切梶原のパロデイの仁転加」の意味はさっぱりわからないのです。なので、三島さん、何の話なんですか?もっと詳しくって思うんですけれど、相手が折口さんなので、見開き2頁で話題は終わるんです。

旅行記は、アテネで終わるんです。次の日デルフォイに向かったはずなのに、デルフォイの話は出てこず、アテネで終わるんです。デルフォイでなにかあったのかなぁーって思って、随筆は終わるんです。

普段着の三島さん、いいですよ。

亡くなった時のことなんて、だいぶ後で知ったので、え??ってなりましたけれど。私は三島さんの亡くなり方を知るよりも先に、文体に触れたのです。それは幸運だったともいえます。

いまになって、この本を読みなおして思うこともあります。戦後、アメリカのおかげで日本の繁栄があったのは確かなのでしょうし、三島さん自身がその復興していく日本を体感していたはずなんです。

ただ、日本の構造というのがある意味、「社会主義的要素の強い民主主義」というところを喝破していたのかもしれませんね。

日本が繁栄していく途上で、結局、敗戦国には、特にアジアには、なぜか自治がないのだろうという当時の日本の風景に不甲斐なさを覚えたのかもしれません。戦争って結局、ヒロシマ、ナガサキしか生まないんだというところもご存じだったと思います。ただ、戦後日本が復興をしていく途上で、日本は辛い戦争を体験したはずなのにという風景をたくさんご覧になって、思いつめた点はあるのかもしれません。それは三島さんにしかわからない部分になります。

実は、わかっていたかもしれませんけれどね。ただ、三島さん、そこに行くのは間違っていませんか?って正面切って問いただす人が、周囲にいなかったんだと思います。怜悧なひとなので、他人の面倒見て終わったのかもしれません。盾の会の実態も闇の中ですし。三島さんの言及する「美学」って結構、概念化するのむつかしいのです。

『金閣寺』を読んだ時に変だなぁーって思った箇所、沢山あるんですよ。三島さんほど怜悧なひとはいませんし(文体って本当に嘘をつかないんです。私は誤読はできないんです。かなり鍛え上げられたので)金閣を放火する際の心理描写が三人称と一人称の間を行き交いしていて、うーん、さすがの三島さんでも齟齬があるなぁーという部分もあります。文体の勢いでなんとか乗り切ろうとしてますけれどね。文体を読み込む人間にはわかるので、ここは正直無理があるけれど、仕方がないんだろうなぁって思うんです。それが小説という構築物なので。再読の時にも、ちょっとなぁって思いました。

本当に、怜悧というか几帳面というか、だって亡くなる前に豊穣の海の連作を全部書き直してから、長いお別れの旅へ出たのだそうです。怜悧さにもほどがありますよ。

結構読みごたえもありますけれど、豊穣の海の連作も、個人的にはおすすめです。

文体を緻密に練り上げてあります。英語で会話をしている箇所には当時の翻訳文体が使われていたりします。

だれか、三島さん、それは間違ってますよって正面切って言い切る人がそばにいなかったんだろうなって思います。三島さんに頼る人はたくさんいたかもしれませんが。その場所に行く前に、三島さんは間違ってますよって誰にも言ってもらえなかったんです。三島さんの文体には、齟齬をものすごく嫌うんだろうなという筆致があります。誰か言ってあげたら、よかったのにって思います。

その考えはどこから来るんですか?っといちいち整合性を確かめながら問いただしたら、途中で思いとどまったかもしれないのに。

戦中のひとですから、ご家族に迷惑をかけていいんですか?という問いには、きちんと答えを事前に持っていらっしゃたはずなので。思想面から正す方向で、だれか、間違ってますよって言えばよかったのにって思います。

いろんな些末な情報に惑わされる前に、直接本を手に取ってみてくださいね。

図書館にはおいてあると思います

よかったら、探してみてくださいね。

私が挫折したジャン・ジュネも取り上げられています。時空を超えて、不得意なんですって三島さんに告げたら、からからって笑われるのかもしませんが。反撃の手段は持っているんですよ。ワイルドについては筆が走りすぎてますよ。英語でワイルドの戯曲読んではらへんでしょ?ワイルドは劇作家として生活をきちんと成立させるためにLady Windermere’s Fan, A Play About a Good Womanを書き上げたんです。風刺のためではありませんっ。風習喜劇というイギリスの喜劇を昇華させている面もあるんです。当時の演劇としては、きちんと好評も得ているんですよ。三島さんだって「芝居の恐怖」で初日は怖いって書いてはるでしょ?ワイルドも同じ経験をもれなくしたはずなんです。確かに当時は同性愛はイングランドでは犯罪ですし、牢獄にも入りましたよ。ワイルドは。そこの悲しみに対しては優しい気持ちをもってはるんでしょ?でも、あれは筆が走りすぎなんですよ。そういえば、三島さんのタイプの女性は丸顔のかわいらしいひとなんですよねぇーって。時空を超えて応戦すると思います。

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