日本国内の知の体系を文庫化するってどうやったらいいんだろう?って。
結構長いこと悩んでいたんですが。
いっそのことなんですけれど。
サントリー学芸賞があるでしょ?1979年からの歴史があるんです。古いんですよ。
サントリー文化財団が運営している賞なんです。
広く社会と文化を考える独創的で優れた研究、評論活動を、著作を通じて行った個人に対して、「政治・経済」「芸術・文学」「社会・風俗」「思想・歴史」の4部門に分けて、毎年「サントリー学芸賞」を贈呈しています。
1979年の本賞創設以来、第46回(2024年度)までの受賞者は387名を数え、これらの受賞者の業績は、主題への斬新なアプローチ、従来の学問の境界領域での研究、フロンティアの開拓などの点で高く評価されています。
従来、評論・研究活動を幅広く顕彰する賞は少なく、既存の枠組にとらわれない自由な評論・研究活動に光を当てることは、本賞の重要な役割となっています。
受賞作品を現在の版権をどうにかして(部分的には絶版になっている受賞作もあると思います)、順番に文庫化していったら、どうだろうって思ったりもします。
出版社の編集者の知識不足は深刻なんだというのは、15年くらいかけてよく理解できたんですね。
出版社の矜持がないのならば、あるものでなんとかできるんじゃないのかな?って。

版権の所在をはっきりさせるというのは絶版になっている文献に関してはハードルが高いんだと思うんですが。
日本の知のひとつの体系を、文庫化して、次世代につながるという価値を考えると有効策になるのではないだろうかって。
英文学も何人かの先生が受賞してらっしゃいます。
受賞作で、これは日本のシェイクスピア研究の白眉だなと思っている文献もあるんです。
英文学でそのレベルなので。
ちょうどいいのではないだろうか?と。
出版社の文庫って海外の文献は文庫化を頑張るんですが。国内の研究についてはレベルがランダムすぎて基準の整備がないような印象もあるんです。

能力的に無理なものを、無理強いはできませんし。
サントリー財団の頑張りの宣伝広告にはなると思いますし、学術分野はそこは報いていいんだと思うんです。
ひとつのアイディアでしかないんですが。
日本の学術の基準の整備って今のうちにやっておいたほうがいいような気はします。
どうしても、集中と選択の施策の弊害って、いまから出てくるんだと思うんです。だったら、その手前で基準を整備して、文庫化しておくべきだと思います。いろんなひとが日本の知の基準はここなんだって理解する機会を作るといいと思うんですよ。