幸宏さんのラジオを探してみようかなと、YouTube.comをさまよっていた時に。
出会ったんです。
聞き逃していたラジオに。
高鳴る気持ちを抑えながら聞いていると。
これは聞いていなかったことがバレた日には、幸宏さんの怒りを招く可能性が、という。

なぜ分かるのかというと、生涯の音楽家になるからです。わからないほうがおかしいんですよ。
幸宏さんはファンに対するチェックは割と厳しめなのです。素直に聞き逃してましたが。あ、聞き逃してしまったという失態になっていなくてほっとしています。
善意のかた、ありがとうございます。感謝申し上げます。
こころから感謝しております。
聞きながら、ほっとしていました。
こころの緊張が全部ほどけるんですよ。
幸宏さんがいつものようにお話になっていて、選曲も素晴らしく。幸宏さんのラジオの安心感というのは、ファンにとっては得難いんです。
なんの緊張感もなく。信じられない安心感に包まれて聞いていました。
帰る場所が幸宏さんの音楽というのは幸せなんだなと、実感をしています。
幸宏さんの選曲する音楽は、もれなくわたしも大好きな音楽なので。幸宏さんの選曲に間違いはないんです。いろんな未知の音楽を知ることができたよなっていまでもそう思っています。

最近は音楽に関しては、日本の国内の、”domestic”な市場の音楽は聴いてないんです。新譜も何も本当に聴いていません。疲れ果てることがあると、自然と聴かなくなるみたいですね。
そんなときもあるんだなと。
いまアメリカ合衆国の音楽の勉強をしている最中でもあって、言い換えるとイギリスの音楽が生まれる直前の原風景みたいな音楽を聴いている最中にもなるんです。
イギリスの音楽からすると原風景だったり、その手前の音楽群になるんだと思うんですが。それらの音楽は直近の15~20年というスパンをとった場合、真剣に耳を傾けられてきたことはあったんだろうか?それとも、機会もなく、音楽ジャンルのなかで空疎に埋没しているだけなんだろうか?YouTube.comのシステムが救った、それだけの音楽になってしまうんだろうか?という感想をもつこともあるんです。
それでもアメリカ合衆国の壮大な音楽の歴史の層に残る音楽だけあって、音楽として聴かせる力がどこかにあるんですね。
そういう音楽を探して聴いていると。
楽しみもありながら哀しみもあり。YouTube.comなどで探すときに再生回数の数値にその音楽が当時獲得しようとしていた音楽性や市場の反映がなされることは永遠にないんです。当時の価値判断で再生回数が伸びることはありえませんし、すべて現在という未来からの視聴者の判断になります。
現在の音楽市場が提供する音楽群はひとに聴かれるでしょ?
倉庫のなかにあるような音楽ってそこまでの広がりを持ちようがないんですよ。すでに未知の音楽になっていますし。
なんだか気持ちの持っていきようがなくなるときがあります。
チバさんの音楽に学ぶつもりが、おそらくチバさんご自身の射程すらもほぼ超えてしまっていて、たまに何をやっているんだろう?って思うこともあるんですが。

ファンのことを気にするチバさんは全く想像できないので。
大丈夫です。
勇気をもらって頑張ってますよ。いつでも勝手に勇気を受け取ってきたので。
ソロプロジェクトは聴きこんでいて。その音楽には日々救われています。特に2枚目は世界の音楽市場で太刀打ちできる内容ですよ。断言しておきます。
日本では、一般的に受け入れられるのがむつかしい音楽になるのかもしれませんが。質そのものは高いんです。
Snake On The Beachについては、海外の皆さんのほうがある意味音楽に対しては貪欲なので、聴いているひとはいるんだろうなとは思います。
育ててもらった耳を頼りにしています。
音楽はこころの滋養ですから。
健康になろうって心に決めて頑張って、日本の音楽を全く聴かない日々になっていますが。
ひとの現実は想像力を超えることがあるのかもしれません。
日本の”domestic”な市場がここまで内向きな姿勢でなかったら、きっとこの20年で音楽の在り方ってもっと多様になっていたのかもしれないなと思います。音楽に国境は実はなく、必要なのは音楽の知識と音楽を作り出すときのパワーになるんだと思います。音楽の知識に関しては、わたしは疎いほうなので内容のあることは何も言えないのですが。どの分野でもそうだと思うんですが、吸収をどん欲にしていかないとアウトプットの時に説得力にかけるということはあるんだと思います。好んで聴く音楽ジャンルは日本では特に狭いんですが。なんでも聴くという姿勢には一貫して欠けているので。それでも、懸命に選んで聴いてきた音楽には間違いはないと思っています。