ちゃんと観たかったです。日本のメディアの取り上げ方だと(オリンピックなのでどこの国も一緒だと思います)日本選手のことしか特集しないので。
決勝だけきちんと観たかったんです。
オリンピックの競技時間が変更になるという当たり前のことを失念していまい、本当に3番目のランを途中からしか観ることができませんでした。
観たかった理由は、もちろん平野選手の金メダルがかかっていたということもありますが。
それよりも、これがショーン・ホワイト選手の最後のオリンピックになるんだということのほうが、私にとっては大事だったのです。

どうしてもショー的に演出される歴史がながいので、ハーフパイプを競技化していくのってむつかしかったのかもしれません。
ただし、ショーン・ホワイトさんはきちんとハーフパイプが競技として成立してから、北京五輪まで選手として頑張りつづけた唯一の選手になります。
私がはじめてショーン・ホワイト選手を観たのは、映画です。
『ファースト・ディセント』という映画です。ハーフパイプの映画ではなく、フリーライドの映画なのですが。
アラスカのとっても高い信じられない険しい山の頂上からフリーライドで滑っていくのです。あまりに過酷で、驚きと感動を覚えながら観たのを覚えています。
調べていくと、ハーフパイプなどの競技がオリンピックで整備されるまでスノーボードって大変だったそうなのです。競技者の心をIOCが無視してしまったときもあったそうです。
その中でも、ショーン・ホワイト選手は持ち前の真摯さと努力で、競技を牽引し続けました。5回のオリンピックでファイナルに残り続けたんです。前回大会は金メダリストなんです。
あの時も、驚きとともに凄い選手だなぁーと感動しながら競技を観ていました。平野選手とどこで差がつくのだろうって、すごく悩んだんです。
ホワイト選手は自身の強化のために、夏の五輪を目指してスケートボードにも挑戦していましたが、むつかしかったのです。
でも、きちんと東京五輪にやってきて、スケートボートに臨むアメリカ代表のバックアップまでやったんですよ。
とっても、大好きな選手です。
平野選手の才能をいち早く見抜いてしまったのだそうです。
平昌オリンピックの後、平野選手は大丈夫なのかなぁーと思っていたのですが。数年後にとある記事でインタビューを読みました。
競技に対してとても真摯で、寡黙で、淡々と頑張る選手なんだって、その時に思ったのです。
金メダル、おめでとうございます。
今度は、平野選手が競技を牽引するのかもしれませんね。平野選手らしく頑張ってほしいです。
ホワイトさんのラストランがむつかしかった後に、競技者含めてみなさんが拍手をなさっていました。レジェンド中のレジェンドです。私も同じ気持ちでした。実は、決勝の数日前まで平野さんの弟さんが競技に参加することも知らなかったんです。ホワイトさんのラストランになるということと、平野選手の優勝がかかる決勝になるということしか頭になかったのです。NHKのインタビューで「兄ちゃんがぁー」と明るい表情で話すもう一人の平野選手がいました。ご兄弟で同じスポーツで頑張るっていいですね。私はホワイトさんのボードの持ち方が好きでした。雪面から離れた瞬間に、体がボードにすっとくっついていくような独特の持ち方をするんです。長い期間、競技の牽引を続けていくのって、ものすごく大変だったのだと思います。今後のご活躍、期待しています。