物事の成り立ちってむつかしいですね。

『美女と野獣』というディズニーのアニメーションは観ていません。

実は、『美女と野獣』というのはフランス文学の古い物語になるんです。それすら読んでいません。本当にすみません。

フランスやイギリスでは近代小説の黎明期に女性が実は活躍するのです。『美女と野獣』の原型になった古い小説もそのひとつです。イギリスでは書簡が小説の黎明期を支えたのです。

当時の通信手段が主に手紙だったので、書簡体という形式の小説が発生して、後のいわゆる小説を形成していきます。

フランスで書かれた『美女と野獣』の小説群(群という言葉を当てていいのか迷いますが)というのが一旦忘れらえて、後にジャン・コクトーが題材を取り上げて映画化するまで、一般的には忘れられます。

フランスとイギリスは海峡を挟んだ隣同士の国なので、当時は、流行りの小説群というのは常にお互い翻訳されて広められるのですが。いろんな勘違いもあるようです。

野獣は一体どんな姿なのというのは、おそらくそこまで深い描写がなかったのかもしれません。イギリスに『美女と野獣』の翻訳が入ってきて、絵画になると、野獣はオオナマケモノ(かなりの大きさです。すでに絶滅していますが、標本は大英博物館にあります。標本なので描くときにはナマケモノなのかもしれません)になってしまうそうです。

確かに目の前にオオナマケモノの姿をした「野獣」が現れたら、主人公の「美女」も悩むでしょうね。

しかも、たしか逃れられないんですよ、主人公の「美女」は「野獣」から。物語上はそのはずです。とらわれの身で、コミュニケーションをとれる唯一の対象がオオナマケモノだったら、困りますよね。

「美女」に必死になって求婚するオオナマケモノってどうなんでしょうか?一生懸命お花を摘んでも摘んでから「美女」の前にもっていく頃には枯れていたりするんでしょうね。

素早く動けないと思うのです。オオナマケモノなので。しかも特大サイズです。

主人公の「美女」は、おそらく逃げられる余地がたくさんあるはずなのに。逃げたらいいのにって思いますが。物語の主人公が勝手に判断を下して、小説の世界観から逃げられませんからね。

たいへんだなぁーって思います。

絵画の題材って、現代の視点で読むとむつかしいところもありますね。当時、イングランドではじめてナマケモノが展示されたのかもしれませんし、珍しい動物だったのかもしれません。Glossotherium robustumという古代のオオナマケモノについては、1883年にチャールズ・ダーウィンがビーグル号航海で採集し部分的な頭蓋骨を持ち帰っています。また、英語ではslothと名付けられています。文字通り”slow”の概念が入っています。だって、どう考えても動きの緩慢さは明らかだからです。この絵画はBirmingham Museumの所蔵だそうです。小説を読んで、絵画にしようとして、さて「野獣」はどうしようと画家は悩んだのかもしれません。だんだん、追い詰められていく画家の気持ちが「美女」に投影されて、画材の悩みそのものが「野獣」に投影されてしまったのかもしれません。注文主から仕事遅いやんかってせっつかれていたのかもしれませんね。野獣をいくつも描いては、これは単なる熊やんかとか怒られたのかもしれません。実は”sloth”には「クマの群れ」という意味もあります。英語で言葉として概念化されるときに、ナマケモノはクマの仲間だと思われていたようです。だだし、ナマケモノはミユビナマケモノ科とユタユビナマケモノ科という動物に分類されるので、クマではないのです。描いた画家の方も、もう精魂尽き果てて、たどりついた野獣像がオオナマケモノになってしまったのかもしれません。絵画として残ったということは、注文主には満足してもらったということになるのです。気の毒な話だと思います。きっと古い小説を読まされて急に絵画を描いてほしいって頼まれたのかもしれませんね。『美女と野獣』の物語の成立期はフランスの18世紀ですし。この絵画が描かれたのは1904年になるそうです。

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