人生で最大級の失敗って何ですか?

私ですか?学生の時に、論文というものを書かなければいけないときに出会った最大の失敗はありますよ。

先生に、何月までにテーマを決めておきなさい、夏休みの前に素案を仕上げて100枚書いておきなさいと指示を受けました。

学生の時にはレポート課題というのもあり、原稿用紙何枚分=A4何枚という覚え方をしていました。指示されるときには原稿用紙何枚分という指示を出されていましたが、提出するときには結局、Wordでレポート作って提出だったからです。

そこで、勘違いをしてしまったわけですよ。論文の素案ってWordのA4、100枚なんだって。

大変でしたよーっ。本当に。文学研究で、初めての論文の素案でA4、100枚です。

小説の研究になるのですが。専門じゃないとわからないですよね。例えば、お手持ちの短編小説でもいいのです。英語だと1パラグラフですが、日本語だと1段落~3段落分くらいかもしれません(古典の小説を念頭に思いうかべてくださいね)。その部分を読みながら、分析をしていきます。英語だと何故、この名詞という品詞にかかる形容詞にこの単語が使用されているのだろうか、英語でどれだけの意味の幅をもっているのだろうか?もしかすると、一つの形容詞にいろんな意味を織り込むためにこの形容詞を使っているのではないだろうかという分析の積み重ねです。

専門ではないのですが、Edmund Spencerの詩で説明したいと思います。

One day I wrote her name upon the strand;
But came the waves, and washed it away;
Again, I wrote it with a second hand,
But came the tide, and made my pains his prey.
'Vain man,' said she, 'that dost in vain assay
A mortal things so to immortalize;
For I myself shall like to this decay,
And eke my name be wiped out likewise.'
'Not so,' quoth I; 'let baser things devide
To die in dust, but you shall live by fame:
My verse your virtures rare shall eternize,
And in the heavens write your glorious name:
Where, whenas death shall all the world subdue,
Our love shall live, and later life renew.'

この詩の題名は ‘One day I wrote her name’ です。

「ある日、彼女の名前を書いた。」という意味です。

ざっと訳しておきます。

ある日、私は浜辺に彼女の名前を書いた。

しかし、波がやってきて、それを洗い流してしまった。

もう一度、わたしは書いてみた。

しかし、波がやってきて、私の苦労を食い物にしただけだった。

「無駄なことをなさること」と彼女は云った。

「消えてなくなる運命のものを不死のものにしようなんて無駄なことなのに

というのも、私自身がこのように朽ち衰えていくのだから

そして、私の名前はこのように消し去られるのですよ。」

「いや、そうではない」と私は云った。「生まれの卑しいものは塵となって、

死ぬだけだ。あなたは、その名声によって生き続けるのだ

この詩によって、あなたのたぐいまれな美徳を不滅のものとし、

そして、天国にあなたの輝かしい名前を記すことにしよう。

そこでは、死が世界を征服するときにはいつでも、

私たちの愛は生き、そこでその生を再び生きはじめるのだから。

Edmund Spencer

ざっと訳しました。

16世紀の詩人のエドモンド・スペンサーはロンドンの貧しい仕立て屋の子として生まれますが、勉強をしてケンブリッジに学び、後に、Earl of Leicester に使えます。交友のなかで宮廷詩人のシドニーと知り合い、宮廷詩人への道が開けます。そして、アイルランド総督秘書の仕事を得てアイルランドに渡るのです。数回ロンドンに戻る機会はありますが、20年近く本人にとって「遠く、野蛮で、不幸な任地」であるアイルランドにとどまります。

何で有名な詩人かというと、スペンサー連という詩の技巧を編み出し、The Faerie Queene (1590-96)という長編詩を編み出した人なのです。一度、一部分だけ読んだことがありますが、凝ってます。

ここまでが、詩を書いたひとの背景の端的な情報です。詩のテーマですが当時普通にありふれたテーマを扱っています。「死によって恋人を永遠のものとする」というテーマで、シェイクスピアの詩でもこのテーマというのは出てきます。

ここから、詩の構造についても言及できますが、みなさんがついてこれなくなるので、割愛します。

この短い詩からどんなことが読み取れるだろうと分析をするわけです。

簡単な分析をしておきます。


「彼女は云った」と詩人が言及する彼女は実在のひとなのか、想像上のひとなのだろうかです。ここで解釈が2つの岐路をもちます。

波打ち際にひとの名を刻むとき、その人の名前は実在の恋人なのか、想像上の名前なのかです。波がさらって名前を消してしまう時に、女性の声は実在の人物の声として、詩人の背後から聞こえてくるのか、それとも、詩人の心のなかに直接語りかける声なのか。後者の場合は、神格化された、あるいは神格化されうる人物である可能性を残すんです。

“A mortal thing” は、死ぬべき人を指し、”to immortalize” 不滅の存在になることです。「彼女」は詩人の作業は無駄なこととしていますが。語り掛けるときに “Vain man” うぬぼれたひとねと、呼びかけています。

彼女は自身に言及して「朽ち衰えていく」存在と言及しています。Spencerが仕えていた時の宮廷を支配していた女王はエリザベス1世になります。

映画の『エリザベス・ゴールデンエイジ』をご覧になった方は、ご存じだと思いますが。エリザベス女王は国家と結婚をしたというすごい女王なので、結婚しません。ですが、死の淵まで、その求心力はすさまじいのです。

つまり、これは、エリザベス女王を称える詩と解釈することもできるのです。

詩人が、自分の詩の技量をもってして、女王へ使える下僕としての愛を、死後の天国までとどろかせようと、自らの詩についての矜持を示している詩としても読み取ることができるのです。

“virture” や “glorious” という言葉の選び方や、何度も繰り返される”shall”に詩人の矜持は現れています。天国までというので、死がこの「世界」に訪れようが、その後まで”write”、記される、深読みすると「聖別化」まで及ぶのかもしれません。詩人は自らの出自は卑しいけれどと言及もしていますしね。私の名前は残らないかもしれないけれど、私が女王を称えた詩こそは後々語り継がれるはずというプライドが見え隠れする詩としても解釈できます。

これは、一つの解釈で。身近な本当の恋人を描いているともとらえることもできるんですよ。


私は、いま一編の詩に対してごくごく簡単な解釈をしましたが(スペンサーの専門の先生、申し訳ありません。拙い解釈で。詳しくやると、読者がついてこれません)、こういう作業を長編小説のパラグラフにもっと細かい作業内容で取り組んでいくわけです。対象は長編小説1冊です。もっとめんどくさいのは、小説の場合は語り手という存在が介在をします。Aさんという小説家の実人生をそのまま小説に読み込むと手ひどい失敗をするんですよ。Aさんという小説家と語り手を完全にわけて小説を精読することが求められます。理由は、Aさんが私小説を書いているわけではないからです。ここが英国小説の読み込みのむつかしさです。日本人の私小説を背景とした小説群とは別の概念が働きます。書く量はA4 100枚です。結局70~80ページ分くらいしかできず、自分の先生にすみません。100ページ書けませんでしたと謝りにいったのです。

もちろん、先生には原稿100枚っていったでしょっ、ひとの話をきちんと聞きなさいと怒られて、後で連絡をするから待ちなさいと告げられました。

毎日朝の9時から夜の9時まで勉強して、休日も勉強して、終いに怒られたのです。

当時、しゅんって心もちいさくなりました。

夏休みに先生と街で待ち合わせになり、ケーキと紅茶をごちそうになりながら、先生は、私が書いた素案の束を指し、これね、論文2本分のテーマがあるから。1つはこの論点、もうひとつはこの論点になるんだけれど、どっちのテーマで書くつもり?と聞かれて、結局むつかしい方のテーマを当然ながら選ぶことになり、大変な思いをした記憶があります。

小説と本気の取っ組み合いをするとかなり言葉に対しての姿勢って学ぶことができます。学生に不人気だからといって、海外小説自体が読まれなくなるのは若干寂しいですね。本当に文献自体の量は読んでいるんです。翻訳の研究書なんてたくさん読みました。ドイツの小説論の翻訳文献読みながらいいなぁー、参考資料にできないけれどと、歯がゆさを感じながら、なんて羨ましい視点なんだって読んだりしていました。図書館で新刊に入る高い研究書をじっと見てから、手に取って、2段組の分厚い本を借りて、借りる期間をかなり過ぎてしまい、司書さんに手渡しで返却する勇気がなく、返却ボックスにこそっと返したことがあります。ちゃんと読んだんですよっ。

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